35話 一難去って
なぜノルンが僕の名前を呼んだかはわかっている。
僕はダガ―を引き抜いて振り向き、背後から迫っていた触手を切り落とした。
「ギイィィィィィ!」
体の一部を切り落とされた苦痛によって奇声を発したのはローパーだ。
ローパーは、たくさんの触手で獲物を捕らえ捕食する、非常にグロテスクな見た目の魔物である。
本当はお近づきになりたくない。
だけど、今回の依頼で討伐対象になっている奴だから、そんなことは言っていられないのだ。
基本的に、この森にすむローパーは植物の姿に擬態している。
目の前にいるローパーは、樹液まみれの木の幹に目玉が一つ付いて、その周りにつるが絡まっているような見た目をしていた。
樹液のような部分は、おそらく捕食対象を溶かす毒液だろう。
音をほとんど立てず忍び寄ってくるため、気を付けていないとかなり接近されても気づかない。
「ありがとう、ノルン。僕は大丈夫だよ」
――だけど、今回は別に油断していたわけではない。
触手が厄介なので、なるべく向こうから近づいてきて欲しかっただけだ。
僕はローパーが怯んでいる隙に、ダガ―を逆手に構え直す。
刹那、触手の根本、奴の中枢器官が集まった木の幹のような部位の正面まで踏み込んだ。
触手が僕を捕えようと動くが、僕は上に跳んでそれをかわす。
「――――ッ!」
そこから、奴の体表――目の真上めがけて、両手のダガーを突き立てた。
僕はローパーに突き刺したダガーによってぶら下がっている状態になる。
痛みによって激しく暴れまわり、僕を叩き落とそうとするローパー。
しかし、触手が僕を引き離すことはできない。
僕は、二対のダガーを半円を描くように素早く動かし、目玉の周囲を切り取った。
「ギイイイイイイイィィィッ!」
ひと際大きな声で悲鳴を上げる奴の体表を思いきり蹴飛ばして距離を取る。
ぼとりと目玉が落ち、痙攣した後、ローパーは断末魔を上げて絶命した。
「すごい……」
一部始終を見ていたノルンが、呆然とした様子で呟く。
ふっふっふ。
今の僕はかっこよかったな。
僕はキメ顔を作る。
「まあ、僕にかかればこんなも――」
そしてそのまま、ノルンの方に近づこうとして、地面に落ちていた触手を踏み、滑って顔面から派手に転んだ。
「ロロ!? 大丈夫!?」
ノルンは小さな悲鳴を上げて僕に駆け寄っってくる。
「……うん、ありがとう。少し土がついただけ……」
土まみれの顔を上げてそう答える僕。
「よかった……!」
ノルンは、ほっとしながら僕へ右手を差し出す。
僕はその手を取って立ち上がった。
…………泣きたい。
「……ノルンは、薬草見つかった?」
恥ずかしかったので、話題を逸らすことにした。
「うん! たくさん見つけたよ!」
僕の問いかけに対しそう答えて、嬉しそうに袋の中身を見せてくるノルン。
そこには、沢山の薬草が詰まっている。
なるほど、これだけあれば余裕で依頼を達成できそうだ。
僕は切り落としたローパーの目玉と触手を手早く回収して、ノルンの方へ向き直った。
「それじゃあ、全部集まったことだし、帰ろうか」
その時だった。
「ロロ……あれ……!」
ノルンが驚いた様子で、泉のある方角を指差す。
「どうしたの?」
――魔物でも居たのだろうか。
疑問に思いノルンと同じ方向を向くと、そこには誰かが倒れていた。
「ーーーー!」
「大変だよ!」
僕とノルンは、慌てて泉のほとりで倒れているその人物に駆け寄る。
どうやら、まだ息はあるみたいだ。
倒れていたのは、初めて見る種族だった。背丈は僕たちと同じくらいで、背中からは四枚の羽根が、そして頭からは二本の触覚が生えている。
妖精……? にしては大きすぎる。
基本的に妖精は手のひらサイズだという話を聞いたことがある。
性別は……女の子……だろうか?
そして、まつ毛が長く鼻は小さいが鼻筋がスッと通っていて、とても整った顔立ちをしていた。
まるで人形のようである。かなりの美少女だ。
身に纏っている衣服はかなり上質なもので、貴族を連想させる。しかし、こんな迷宮の奥地によくわからない種族の貴族なんかが来るだろうか?
体がびしょびしょに濡れているので、泉から出てきたみたいだけど……。
その時僕は、この迷宮の泉は別世界と繋がっているという噂があることを思い出した。
もしかしたら……この子は別世界から来たのかも……?
――とにかく、今はそんなことを考えている場合ではない。
「おーい、大丈夫!?」
ひとまず呼びかけてみて反応を伺う。
意識を失っているが、目立った外傷はない。
目覚めてくれるといいんだけど……死なれたら寝覚めが悪いし……。
「う、うう、余は……」
何かうわ言を呟いている。
もう少し呼びかければ目覚めそうだ。
「しっかり!」
ノルンがそう言うと、突然ぱちりと目が開いた。
その子は、わけがわからないといった様子で、僕とノルンの顔を交互に見る。
「ここは……」
「よかった、目が覚めた。……一体何があったの?」
僕の問いかけに対し、口をぱくぱくさせて、何かを答えようとする。
「余は……」
「うん?」
「……余は一体、何者じゃ……? ここは……どこなんじゃ……? 何も……思い出せん……」
「はい?」
倒れていたその子は記憶喪失だった。
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