33話 かたぐるま

 振り返ると、そこには髪の長いきれいなエルフの女の人が立っていた。


 女の人は、かがんでニコニコしながら僕に依頼書を差し出してくる。


「あ、ありがとう……ございます」


 突然のことに、僕は若干戸惑いながら依頼書を受け取った。


 ほんのりといい匂いがする。


「うふふ、いいのよ」


 女の人はそう言って僕たちにほほ笑むと、どこかへ立ち去ってしまった。


「おっきい……」


 女の人の背中を見つめながら、ぽつりとそう呟くノルン。


「……毎回誰かにとって貰うわけにもいかないし、今度から肩車でもしようか」


「え? う、うん、そうだね。私がロロのこと持ち上げるね!」


 ノルンは笑顔でそう言った。


 僕が上なのか……。確かに、力の強さを考えたらそうなるけど……。


 とにかく、もうその件に関しては解決したんだ。気持ちを切り替えていこう。


 僕は女の人に取ってもらった依頼書に目を落とした。


「何て書いてあるの?」

「『精霊の森』で指定された薬草をとって来て欲しいって書いてある。報酬は三百ドロン。これなら簡単そうだし、他の依頼と一緒に受ければそれなりに稼げるかな」


 基本的に、簡単な依頼は報酬が安いので、いくつかまとめて受けたほうが良いのだ。


 ……となると、掲示板から他の依頼書も取らないといけないってことか。


 僕はノルンと掲示板を交互に見た。


「えっと、僕がノルンを肩車するっていう選択肢も――」

「私に任せて! ロロ!」


 ノルンは張り切った様子で僕の体を持ち上げた。


「う、うわぁ!」


 僕は思わず叫び声をあげ、気が付くとノルンに肩車をされていた。


 あっという間だった。


「え、あ……」


 視線が高い。床まで遠い。ノルンのサラサラな髪が太ももに当たる。


 ……そして、他の冒険者の視線が僕達の方に集まっている気がした。


 いきなりギルドの中で肩車をしだしたんだから当然の結果である。


 でも、こうなったのはそもそも掲示板が高すぎるのがいけないのだ。僕は悪くない。


「………………」

「移動してほしかったら言ってね」

「う、うん」


 は、恥ずかしい。


 早く降りたくなった僕は、大急ぎで良さそうな依頼をいくつか見繕い、素早く依頼書をはがしていく。


「ロロ、いいのあった?」


 下からノルンが話しかけてきた。動けないので退屈なのだろう。


「あ、ありがとう、も、もう良いよ。おろして……」

「私、もう少しこのままでいいよ。ロロの太もも、柔らかくて気持ちいから。えへへ」


 そんなことはなかった。


 ノルンはいやらしい手つきで僕の太ももを触る。


 こそばゆい。


「おろしてっ!」


 ノルンにそう言うと、少し名残惜しそうにしながら僕のことをおろしてくれた。


「またしてほしかったらいつでも言ってね……」

「僕、もう上はいやだよ……」


 とにかく、これでいくつか依頼書を取ることができた。内容としては薬草採取の依頼が三つと魔物討伐の依頼が二つだ。


 依頼書をギルドの受付けに持って行って手続きを済まし、精霊の森へ行く準備を整えてから、冒険者ギルドを後にする。


 精霊の森は、ミルヴァを出てすぐ近くの場所にあり、調査もされ尽くしていて、おまけに魔物もさほど強くないので、駆け出し冒険者が探索するのには最適な場所だ。


 僕はゴールドランクなのでよほどのことがない限り、命の危険はないだろう。


 ないよね? 


 『不帰の洞窟』での一件がトラウマになっているので、慎重には慎重を期したい。でも、慎重すぎると資金が底をついて野垂れ死ぬしかなくなる。


 難しいところだ。


「ロロ、なんか難しそうな顔してる……。だいじょうぶ……?」


 僕がそんなことを考えていると、ノルンが心配そうに声をかけてきた。


「う、うん、依頼のこと考えてただけ」

「依頼って、何すればいいの?」


 そういえば、まだノルンに依頼のことを教えていなかった。


「ええと、薬草採取の方は、青い花五つと、赤い木の実三つ、それから白いきのこを十個採ってくればいいみたい。実物がないとわからないだろうから、見つけたら詳しく説明するね」

「うん、わかった。それじゃあ……魔物のやつは?」


「ワイルドボアの肉と牙、ローパーの触手と目玉をはぎ取って持って帰れば良いんだって」

「そんなもの、何に使うの……?」

「さ、さあ?」


 依頼書を見ていると、食用と書いてあった。ワイルドボアはともかく、ローパーを食べるのだろうか……?


 しかし、迷宮で食料に困った時は、魔物を食べることもある。僕も魔物の食べ方をもっと勉強しておこうかな……。ローパーに食べられる部位があるなんて知らなかったし。


「ロロ、また難しい顔してる」


 ノルンが言った。


「べ、別に大丈夫だよ。ノルンは心配性だなあ」

「そんなことないよ。もし心配なことがあるなら、私にも言って欲しいの。ロロはすぐ一人で抱えこんじゃうから……」

「ノルン……!」


 僕はノルンの優しさに涙ぐんだ。


 クレイグやエリィから言われてきたことと比較して、余計に涙が溢れ出しそうになる。


「ありがとう……っ、ノルン……!」


 今の僕は幸せ者だ……! お金はないけど、ノルンがそばに居てくれるだけでほんわかした気持ちになる。


 僕は勇気を出して、ノルンにも悩みを相談してみることにした。


「あのね、ノルン、実は――」

「あっ! あれが精霊の森?」

「…………うん」


 ……今のは僕の間が悪かった。


 ともかく、こうして僕たちは精霊の森についた。


 今回は何事もないといいんだけど……。

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