32話 とどかない

 夜の静まり返った医院にて。


 ――ああああああああああああああっ!


 ――恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!


 僕はベッドの上で一人恥ずかしさにのたうち回っていた。当然、怒られるので声は出していない。


 二回も怒られるのは嫌だ。


 でも恥ずかしい!


 一通りのたうち回った後、僕は死んだような目で「もうだめだ……」と呟く。


 まさか、ノルンにすがり付いてみっともなく泣いてしまうだなんて。


 僕は一体何をしてるんだ! 思い出すだけで、顔から火が出そうになる。


 これでは魔力付与エンチャント火炎フレイムだ!


 ……………………。


「……ロロ」


 自分のあまりのくだらなさに言葉を失っていたその時、突然がらりとカーテンが開いた。


「うわぁ!」


 あまりに急だったので、僕は思わず小さな悲鳴を上げる。


 敵襲か? それとも幽霊か?


 身構える僕。


 しかし、そこに立っていたのはノルンだった。


 僕はほっと胸をなでおろす。


「ノ、ノルン……どうしたの?」


 僕の問いかけに対し、ノルンは少し恥ずかしそうにうつむきながら答えた。


「あ、あのね……やっぱりまだ……怖いから一緒に寝て欲しいの……」

「え?」

「だめ……?」


 悲しそうな顔をして、こちらを見つめてくるノルン。


 僕は慌てて否定した。


「だ、だめじゃないよ! …………で、でも、それなら僕が意識を失ってた間どうしてたの?」

「ロロの横で寝てた」


 え?


「そ、そうなんだ……」


 さっきはあんなに大人びて見えたのに、今のノルンはなんだか子どもっぽい。


 ノルンは僕のことがわかったみたいだけど、僕にはだんだんノルンのことがわからなくなってきたよ……。


 そうこうしているうちに、ノルンがベッドの中に潜り込んできた。


 ノルンは体温が高くて暖かい。


「おやすみ、ロロ」


 眠そうな目をしながら、僕にそうささやくノルン。


「お、おやすみなさい……」


 僕は困惑しながら返事をする。


 それからすぐにノルンは寝息を立てて眠り始めた。


 のたうち回るスペースがなくなってしまった僕は、おとなしく眠りにつく。



 翌朝、窓から差し込む日の光で目覚めたノルンと僕は、仲良く医院を後にした。


 早朝の町は、多くの人で賑わっている。目覚めた冒険者たちが今日の計画を話し合い、交易品を積んだ荷馬車が通りを行き交っていた。


 さて、僕たちも冒険者ギルドへ向かうとしよう。お金がないので、このままだと今日は馬小屋に泊まる羽目になってしまう。


 ……僕は別にそれでもいいけど、ノルンにはなるべくちゃんとした場所で寝て欲しい。


 僕はノルンの手を引いて、冒険者ギルドまで歩き始める。


 ギルドまでの道のりは、医院の人に聞いておいたので迷わずに行くことができた。


 ミルヴァの中でもひと際大きな木組みの建物、それが冒険者ギルドだ。


 僕たちは大きな扉を開けて冒険者ギルドの中へ入り、正面から向かって左側にある依頼掲示板の前までやってくる。


「この中から、お仕事を探すの?」


 ノルンは掲示板を見上げて少し眺めた後、僕の方を見てそう聞いてきた。


「そうだよ、ノルン」


「上の方がちょっと見づらい……」


 一生懸命背伸びをしながら呟くノルン。……かわいい。


 いや、待てよ。ノルンに届かないということは、背丈が同じくらいの僕にも届かないってことじゃないか……?


 しまった。まさかそんな問題が発生するなんて思わなかったな……。


 今まではクレイグとかが依頼書を取ってたから、こんなことになるなんて考えてもみなかった。


 掲示板は、僕たちが背伸びをしてやっと一番下に貼られている依頼書が見えるくらいの高さに設置されている。


 しかも、よりによって、受けたい薬草採取の依頼書が一番上の方にあるじゃないか。


「あのっ……上のやつがっ……みたいっ!」


 僕は必死につま先立ちをしたり、飛び跳ねたりして依頼書を取ろうとするが、上手くいかない。


「ほっ! はっ!」


 ノルンも僕の真似をして一生懸命飛び跳ねるが、全然届きそうにない。


 なんて不親切なつくりなんだ……。それなりに長いこと冒険者としてやってきたつもりだったけど、まさかこんな初歩的どころか、他の冒険者じゃ何の障害にもならないところでつまづくなんて……。


 僕の心が折れかけたその時だった。


「これが見たいのかしら?」


 突然、僕達の背後から伸びてきた腕が、お目当ての依頼書をつかみ取った。

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