31話 言い合い

「嫌だ……」


 ノルンは大きく首を振る。僕にはそれがどうしてかわからなかった。


「お金のことなら心配しなくていいよ。……シャーロットさんには悪いけど、貰ったペンダントと短剣を売れば……かなりの額になるから。ノルンはそれで――」


「嫌だ!」


 僕の言葉をさえぎって叫ぶノルン。


 それから、少し悲しそうな顔をして僕を見た。


「どうしてそんなこと言うの? ロロは私と一緒に居たくない……? 私が役に立たないから嫌いになっちゃった……?」

「ち、違うよ」


 そんなわけない。本当は僕だって、ノルンと一緒に居たい。だけど、僕にはノルン一人を守れるだけの力すらない。


 今回のことで、それを嫌と言うほど思い知らされた。


「なら、どうして……?」


 ノルンは困惑した表情で僕に問いかけてくる。


「……ノルンが僕のことばっかり考えて、少しも自分のことを大切にしようとしてくれないからだよ。……二回目にトロールキング三体に襲われた時だって、僕を置いていけばノルンは逃げられたはずだ」

「何言ってるの……私はそんなことできないよ……!」


 すぐにこれだ。ノルンは僕に対しては「自分を大切にして」と怒るくせに、ノルン自身のこととなるとまったく意識が回らない。


 僕のためにその身を犠牲にしようとする。どうしようもなくなったら僕と一緒に死のうとする。


「だからだよ……ノルンには……その、幸せになってほしいんだ……だけど、僕みたいな奴と居たら絶対に幸せになんてなれない。……どこかの迷宮で、魔物に食べられて死ぬのがオチだ……」

「そんなことないもん! それに私、今が一番……幸せ!」


 ノルンは僕にそう言った。


「そんなわけ……ないんだ…………」


 僕の手を両手で包み込んで、小さな声でそう呟くノルン。


 それから、顔を見上げ、僕の目を見て問いかけてきた。


「ロロは……私にどうして欲しいの……?」

「冒険者をやめて欲しいんだよ……。ノルンのこと、僕が冒険者に引き込もうとしたのが悪かった。僕は……もう、これ以上ノルンが傷つくところを見たくないんだ……」


「それなら、ロロが冒険者をやめればいいよ。私、ロロのために頑張るから!」

「それじゃあ意味がない……だろう……それに、僕は冒険者になるために育てられてきたんだよ……僕には……これしかないんだ……」


 そして、それすらも満足にできない。こんな奴が、ノルンを幸せにしてやれるはずがない。一緒に居ていいわけがない。


 僕は拳を強く握りしめた。


 ノルンが僕から離れないのであれば、僕がノルンに嫌われてしまえばいい。


「ロロ……私は……」

「――ねえ、ノルン。……いいことを教えてあげるよ。僕は役に立たないから、元居たパーティを追放されたんだ。僕はノルンが尊敬できるような奴じゃないんだ。……シャーロットさんみたいに……強くて、優しくて、何でもできるわけじゃないんだよ!」


 冷静でいようと思ったのに、思わず声を荒げてしまう。


 そんな僕の言葉を、ノルンは必死で否定した。


「違う! ロロは優しくてすごいもん!」


 それに対して、僕はさらにみにくく声を張り上げる。


「僕は優しくもなんともない! ……何のためにノルンのこと買ったかわかる? 僕より弱そうでなんでも言うことを聞きそうな性奴隷が欲しかったからさ! これで理解しただろ! 僕はどうしようもない役立たずの屑なんだよ……っ! 本当はっ……ノルンと一緒にいる資格なんかないんだ……ッ!」


 僕は馬鹿だ。こんなことを言って何になる? ノルンを余計に傷つけるだけじゃないのか?


 ――でも、もしそうだったとしても、これでノルンが幻滅して僕の元を去ってくれたら、それでいい。


 だって、正面から言っても聞かないんだから、もう突き放すしかないじゃないか。


 ……ああ。


 だけど。


 ――こんなこと、ノルンに知られたくなかったな。


 ちょっとくらい、ノルンの前ではかっこつけていたかったな……。


 僕は、ノルンから目をそらして窓の外をながめる。


「せーどれいって何?」

「――えっ?」


 ノルンから返ってきたのは、意外な言葉だった。


「どういう奴隷?」

「あっ、えっと、それは、その――」


 ノルンは、予想外の質問をされ慌てふためく僕を抱きしめた。


「嘘だよ」

「あ……」


 変な声がもれる。


「……やっと、やっとわかったよ。ロロも……私と同じなんだね」

「同じ……? 違うよ、ノルンは――」


「私だってロロと初めて会ったとき、弱そうだし、だまされやすそうだったから、言うことに従うふりして、隙をついて逃げようって思ってたんだよ」

「そうしてくれた方が……よかった」


「ロロのことを殺して」

「それでも……いい」


「……できないよ。……できるわけ……ないよ。……ロロが……奴隷の私を乱暴に扱ってくれなかったんだもん……ロロは……ロロを殺そうとしてる私を全然警戒しないで……そばに居てくれたんだもん……」

「あれはノルンが――」


 その時、ノルンの唇が僕の唇に触れた。


「………………!」

「これは……この前の仕返し。ロロはもう、何も喋っちゃだめ」

「あ……うぅ……!」

「ロロはどんなに悪ぶったってお人好しだよ。だからすぐだまされちゃうの」


 もう何がなんだかわからない。僕もノルンも涙でくしゃくしゃだ。


「私、ロロと一緒が良い。短い間だったけど、ロロと一緒ですごく楽しかった。だからロロと一緒にいたい!」

「う…………」

「わかった?」


 僕はうなずく。


 ノルンは、そんな僕のことをさらに強く抱きしめた。


「私もわかったよ、ロロ。私がどんなに楽しくても、気がつくとロロはいつも悲しそうな顔してた……。その理由が、やっとわかった……」


 僕は……そんなに悲しそうな顔をしていただろうか……? そんなつもりはなかったんだけど……。


「ロロもずっと役立たずだって言われてきたんだね。……そんなことないのに、その言葉にだまされて、ずっと一人で無理して頑張って……辛かったよね」

「ノ……ル……ン……僕は……そんな……」

「違うんだよ。ロロは役立たずなんかじゃない。それは私が一番わかってるもん。少しだけ臆病で泣き虫かもしれないけど、すごく強くて、優しくて、かっこいい、それが……それがロロなんだよ……!」


 僕はノルンに完全に負かされてしまった。もう、どうすればいいのかわからない。


「ノルン……っ!」

「もっと泣いても良いんだよ、ロロ」

「……かった……つらかったよぉっ! うわあああああああああん」

「ロロは……今までよく頑張ったよ……っ!」


 涙が溢れて止まらない。それから僕も、ノルンも、大きな声を上げて泣いた。


 そして、泣きすぎて医院の人に注意された。

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