30話 ダガーとペンダント

「これにゃん」


 そういって、シャーロットさんが僕に手渡してきたのは冒険者のペンダントだった。


「これは……!」


 しかも、ゴールドランクのものだ。


「ノルンから聞いたよ。キミ、本当はゴールドランクだったんだにゃん?」


「でも……僕には……」


「トロールキングをほぼ単身で倒すなんてかなりの実力にゃ。もっと自信持てにゃん」


 そう言って、シャーロットさんは僕の背中を叩いた。


 ちょっと痛かった。


「……わかったよ。ありがとう、シャーロットさん……」


「本当ならもっと上のランクに上げても良いくらいなんだけどね……残念ながら私にそこまでの権限はにゃかった……」


 その言葉を聞いたノルンが、驚いたように問いかける。


「シャーロットさんでも?」


「ランクが上がったら上がったでいろいろと世知辛いのにゃ」


「そうなんだ……シャーロットさんも大変なんだね……」


「その通りだにゃん、ノルン! それはもう、飲まなきゃやってられないくらい大変だにゃ!」


「お酒はほどほどにしてね……」


 ノルンの言葉には返事をせず、誤魔化すシャーロットさん。


「……そうそう、ロロ。あとこれもやるにゃ」


 そう言ってシャーロットさんが、僕の寝ているベッドの上に置いたのは、二対の短剣だった。


「短剣……?」

「ミスリル製のダガーだにゃん」


「そ、そんな貴重なものを僕に!?」

「少し前の迷宮探索で見つけたんだけど……私が持ってても使わにゃいからね。ロロに使ってほしいにゃん」


 こんなに間近でミスリル製の武器を見たのは初めてだ。僕は、手前の短剣を手に取り、抜いてみる。


 刀身は青みが勝った銀色で、光を受けて綺麗に輝いている。


 その美しさに、僕は思わず息をのんだ。これが……ミスリル……。


「気に入ってくれたかにゃん?」

「本当に……僕なんかが貰っていいの?」


「私はそれがキミにぴったりだと思ったから渡した。ただ、それだけのことだにゃん」

「ありがとう……ございます……」


 本当はもう冒険者をやめるつもりだったんだけどな……。


「よかったね! ロロ!」


 ノルンは自分のことのように喜んでくれた。


 それから少しの間、三人で他愛もない話をした後、シャーロットさんは立ち上がる。


「それじゃ、用事も済んだことだし、私はそろそろおいとまするにゃん」


「シャーロットさんばいばい」


 ノルンは手を振って別れの挨拶をした。


「にゃんにゃーん。ロロも目覚めたことだし、明日にはここを出られるだろうから、それまで二人仲良くいちゃいちゃしてればいいにゃん!」


「い、いちゃいちゃなんてしてないよ!」

「い、いちゃいちゃなんかしてないもん!」


 シャーロットさんは、僕たちの言葉を聞き終わる前に、いつの間にやら姿を消している。


 まさに神出鬼没。近くのカーテンがなびいている。


 こうして、僕とノルンは再び二人っきりになった。


 シャーロットさんと話していて大体わかったが、どうやらここは医院のようだ。


 医院とは、負傷した冒険者の治療をする場所である。


 ギルドと提携しているので、冒険者であれば安く治療を受けることができるのだ。


「ねえ、ロロ」

「どうしたの、ノルン?」


「お金……ほとんどなくなっちゃった……ごめんなさい」

「ノルンは悪くないよ」


 ――いくら安いとは言え、一週間近くお世話になれば結構お金がかかるけど……。


「いくら残ってるの……?」

「百ドロン……」

「……そっか」


 短剣、しちに入れようかな。一瞬そんな考えが脳裏をよぎったが、僕は必死に否定する。それを売るなんてとんでもない!


「で、でもね。私も冒険者になれたんだよ! まだカッパー? ってやつだけど、早くロロとお揃いになれるように頑張るね!」


 ノルンはそう言ってにっと笑った。


 ……だけど、正直なところ、僕はノルンに冒険者を続けて欲しくない。


「ノルンは……冒険者をして、危険な目に合うのが怖くないの……?」


 そう問いかけながら、僕はノルンの右腕と頭に巻かれた包帯を見た。もうほとんど治っているみたいだけど、やっぱり痛々しい。


 ――初めての探索であんなひどい目にあったんだ。もしかしたら、無理をして笑っているのかもしれない。


「少し……怖いよ」


 ノルンは答える。……やはりそうだ。


「――それで、ロロが傷つくのが……」

「……え?」


「だからできるだけロロの傍にいて、ロロを守れるようになりたいの。……この前みたいに、ロロに守られるんじゃなくて……」

「ノルン…………」


 ノルンが僕のために頑張ろうとするほど、僕はどうしようもなくもどかしくて辛い気持ちになる。


 僕は最低なやつなんだ。ノルンには……僕のことなんか考えないで幸せに生きて欲しい。


「ねえ、ノルン」

「なあに、ロロ?」


「首輪も無くなったんだ。ノルンはもう、僕の奴隷じゃない」

「うん? そうだよ」


「だから……もういいんだよ。僕にかまわず、ノルンは自由に生きて……」


 その言葉を聞いたノルンは、大きく目を見開いた。

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