第三章 パーティ結成

29話 目覚め

 見渡す限り真っ暗な闇。


 何もわからず、何もできず、何も見えず、僕はどうしようもなく寂しくて、不安で恐ろしい気持ちになる。


 ふと、近くですすり泣く声が聞こえた。


 その声を聞いた僕は、自分がロロであることを思い出す。


 ――そうか、僕は夢を見ているのか。


 最近、よく近くで誰かが泣いている夢を見る気がする。


 そんなことを考えている間に、すすり泣く声は次第に鮮明な泣き声へと変化していく。


「…………………い」


 それは、泣きながら何かを訴えていた。僕は、声を聞き取るために意識を集中させる。


「に…………い……」


 もう少しで聞き取れそうだ。


「に……く……い……!」


 その瞬間、全身が寒気だつような感覚を覚える。すさまじい殺気が、僕に襲い掛かってきたのだ。


「憎い……!」


 その言葉は、そしてその殺気は、僕だけに向けられたものではなかった。生きとし生けるもの全てへ向けられた、あふれんばかりの憎悪と殺意。


 僕は、為す術なくそれに呑み込まれる。


 *


「――――っ! っはぁ……はぁ……」


 気が付くと、僕はベッドに寝ていた。


 ――なにかひどい悪夢を見た気がする。よくは覚えていないが、とても疲れた。


 そういえば、ここは一体どこだろうか? 僕はざっとあたりの様子を確認する。


 ベッドの右側には小さな窓があり、そこから日の光が差し込んでいた。


 周囲はカーテンで遮られ、ベッドの左側には木の椅子が一つ。


 そこには、右腕と頭に包帯を巻いたノルンが座っていて、うつらうつらと船をこいでいた。


 僕はその様子を見て少しだけ安心する。


 少なくとも、ここが安全な場所であることは確かなようだ。


「……ノルン」


 僕の呼びかけに応じて、ノルンの目がぱっちりと開く。


 ノルンは、ベッドから起き上がる僕の姿を見て、驚いたような表情をした。


「ロ……ロ……!」

「そんなところで寝たら風邪引いちゃうよ。ちゃんと――」


 そこまで言いかけて、大きく見開かれたノルンの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていることに気がつく。


「ロロぉ!」


 ノルンは泣きながら僕に飛びついてきた。


「うわぁ! だ、大丈夫ノルン?」


 少し怪我に響くけど、我慢してノルンを受け入れる。


「ロロの……ロロの目が覚めた……!」


 ノルンの体は暖かかった。ちょっと痛いけれど、悪い気はしない。


 だけど、いきなり抱きつかれた僕は何が何だかわからず、ただ慌てふためくことしかできなかった。


「よかった……ほんとによかったぁ!」


 どうやら、声の調子からしてノルンは嬉し泣きをしているらしい。


 と、いうことは僕が目覚めたことを喜んでくれているのか?


 だとしたらすごく嬉しいな……。僕は思わず顔がほころぶ。


「にゃんにゃーん」


 その時、僕たちを助けてくれた猫耳の女の人――ものすごい強い冒険者のシャーロットさんが、カーテンを開けて中へ入ってきた。


「って、おお、目覚めたのかにゃん」

「シャーロットさん!」


 ノルンは僕から離れてシャーロットさんの方へ駆け寄る。


 シャーロットさんは、鼻歌を歌いながらノルンの頭を撫でた。


 ノルンが離れてしまった。少し残念だ。名残惜しい……。


 違う、今はそんなことを考えている場合ではない。


「助けてくれて……ありがとうございます。シャーロットさん」


 僕はシャーロットさんにお礼を言った。


「そんなにかしこまらなくていいにゃん。先に助けてくれたのはキミたちの方だからにゃん」


 僕の方へ近づきながらそう話すシャーロットさん。


「それよりも、一週間以上意識を失っていたキミを、怪我が治ってからほとんど付きっきりで看病していたノルンに感謝すべきじゃないかにゃん?」


 そんなに長いこと眠っていたのか。衝撃の事実を伝えられた僕は、驚愕する。


 それに、まさかノルンが看病をしてくれていたなんて……。


「ノルン……ありがとう、僕なんかのために……」


 ノルンは、何も言わずに僕の左手を取って頬ずりした。……柔らかい。


「ノ、ノルン……?」

「……私、ロロのためなら何だってするよ」


 そう言って僕に微笑みかけてくるノルン。


 その時、僕は思った。


 もう、僕はノルンがいてくれないと生きていけないかもしれないと。


 いつの間にやら、ノルンは僕にとってとても大切な存在になっていたらしい。


 それほど長く一緒に過ごしたわけでもないのに。


「僕も、何でもする……ノルンが守れるんだったら、死んだっていい……」


 今まで、自分の命より大切なものなんてこの世に存在しないと思っていたけど、それは間違いだったのかもしれない。


「それは絶対にだめっ!」


 だけど、僕の言葉を聞いたノルンは眉を釣り上げて怒った。


「お願い……ロロ。もっと自分を大切にして……そんなこと言わないで……!」


 どうして、ノルンはそこまで僕のことを思ってくれるのだろうか。


 僕は何もなくて、生きている価値すらないような奴なのに。そのせいでノルンまで危険な目にあわせてしまったのに。


 それに、自分を大切にしてないのはノルンだって同じじゃないか。


「…………いちゃいちゃは後でやってくれるかにゃん?」


 そんなことを考えていたら、シャーロットさんが呆れた様子で口をはさんできた。


「い、いちゃいちゃなんてしてないよ!」

「い、いちゃいちゃなんかしてないもん!」


 僕とノルンは声を揃えて反論する。


「……もういいにゃ……とにかく、ロロに渡したい物があるにゃん」


 僕たちの言葉をスルーして続けるシャーロットさん。


「渡したい物?」


 一体なんだろうか?

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