28話 帰還
アンリエッタは、三人を並んで座らせ、順番に頭へ手をかざしていく。奇妙な光景だが、こうすることで三人の精神の治療を試みてているようだ。
クレイグから始め、エリィ、ミラの順に魔法をかけていくアンリエッタ。
「……これでよし。上手くいけば明日にはだいぶ良くなっているはずよ」
全て終わった後にアンリエッタはそう言ったが、三人に何か変化があった様子はない。
彼女が使用したのは忘却の魔法。直近の記憶を消し去るこの魔法で、彼らの精神を崩壊させた記憶を忘却させようと試みているのである。
とはいえ、忘却魔法は最近開発されたばかりで使用者が少なく、精神治療においてどの程度効果があるのかは不明だ。
「あ……ああ」「うええええん、ぐすっ」「ひいぃぃぃぃ」
効き目はすぐには表れない。うめき声を上げて苦しむ三人を眺めながらアンリエッタは呟く。
「それにしても見事な壊れっぷりね……」
その口調は半ば感心している様子だ。普通は、迷宮内で精神がおかしくなってしまうほど酷い目に遭ったとしたら、まず助からない。
彼らの運がいいのか、それともこの迷宮がおかしいのか、今のアンリエッタにとっては知る由もない。
「――それじゃあ、町へ帰りましょうか」
やがてアンリエッタは、手際良く三人の腰にひもを括り付けながら言った。
はたから見たらアンリエッタまでおかしくなってしまったように思えるが、こうすることでもうはぐれないようにしようという考えである。
放心状態のクレイグ、エリィ、ミラの三人ををひもで引っ張っていくアンリエッタ。
その姿はかなり異様だ。
まるで囚人と看守のようである。
道中すれ違った冒険者や、町で一行を見かけた人々は、皆一様に彼女たちを奇異な目で見た。
アンリエッタはそれを気にも留めず、人ごみを抜けてギルドの扉を開く。
彼女たちを笑顔で出迎えたのは、この町のギルドで働く受付嬢だ。
「お疲れ様です……って、え?」
受付嬢は帰ってきたアンリエッタ達の姿を見て、目を大きく見開いた。
アンリエッタは受付まで歩いていくと、笑顔で要件を話し始める。
「二階層の探索は失敗よ。この子達もこんな様子だから、早いところ町の医院へ送ってあげてちょうだい?」
「か、かしこまりました」
「はいこれ、どうぞ」
「え? あ、はい! ありがとうございます……?」
アンリエッタから、三人を括り付けたひもの先端を受けとった受付嬢は、あたふたしながら言った。
それにしても、一体これをどうしろというのだろうか。困惑する受付嬢。
「な、何があったんですか……?」
受付嬢は、恐る恐るアンリエッタへ問いかけた。
「さあ、私にも詳しいことは分からないわ。みんなとはぐれてしまって、次見つけた時にはこうだったの」
「そうですか……」
「目立った外傷があるのはクレイグ君の火傷くらいなのだけれど、この様子では本人に聞いても何もわからないでしょう?」
「そうですね……」
「ただ、一つだけ言えることがあるとすれば……」
アンリエッタは人差し指を立てる。
「この子達の実力がランクに見合っていないわ。もし元気になってまだ冒険者を続ける意思があるようだったら、ランクの再審査を検討しておいてちょうだい」
「――わかりました。上にそう伝えておきます。えーと、クレイグさんとエリィさん、それにミラさんですよね」
「ええ、そうよ」
「皆さんこの町で長いこと冒険者をしていますからね……依頼もきっちりこなしてくれますし……よくなってくれるといいのですが……」
その時、三人の名前のメモを取る受付嬢の手が止まった。
「……あれ、そう言えばロロさんは?」
「それがね……どうやらパーティを解消してしまったらしいの」
「ほ、本当ですか!?」
受付嬢はカウンターから身を乗り出して驚いた。
「ええ、本人たちがそう言っていたのですもの。間違いないわ」
「そうですか……確かに、優秀なロロさんが抜けてしまったのであれば再審査もやむなし……ですね」
受付嬢はため息をついてぼそりと呟く。
「そうですか……最近ロロさんの姿を見ないと思っていたらそんなことに……」
「そうらしいわ」
「ロロさん……癒しだったのに……」
「あらあら、そうなの?」
「だって乱暴者が多い冒険者の中でも、ロロさんはハーフリングですよ! ちっこくて可愛いじゃないですか……! もうこの町にはいないのでしょうか……」
「そうねぇ」
適当に
それから、彼女は一通り探索で起きたことや、迷宮についてわかったことを受付嬢へ伝えた。
「ありがとうございます。教えていただいた情報は掲示板に張り出して冒険者間で共有しておきます」
「ええ、よろしくね。――それじゃあ、私はそろそろこの町を発つわ。くれぐれもみんなをお願いね」
「かしこまりました。……もう行ってしまうんですか?」
「ええ、当てが外れてしまったのだもの。この町に長居する理由もないわ」
「そう……ですか……」
「それじゃあ、お仕事頑張ってちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
アンリエッタは笑顔で頷くと、背を向けて入口まで歩いていく。
「さようなら、アンリエッタさん」
「うふふ」
扉の前で一度振り返って受付嬢へ手を振り、そのままギルドを後にした。
外はもう日が暮れかかっている。
「となると……次なるあてはロロくん……かしら……。もしかしたらまだ近くにいるかもしれないし、ちょっと探してみましょうか」
アンリエッタは、そう呟いて町の雑踏の中へ姿を消した。
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