27話 頑張るアンリエッタ

 ――ぼすっ。


「いやああああああ!」


 落ちた先に大量の虫がいたことに気付いたアンリエッタは、秘められた魔力を解き放って虫達を一瞬のうちに一匹残らず消しとばした。


「はぁ……はぁ……、い、いけない、わ、私としたことが取り乱してしまったわ」


 深呼吸をして落ち着きを取り戻したアンリエッタは、周囲を松明で照らす。


 すると、足元に沢山の白骨死体が積み上がっていることがわかった。


「これのせいね」


 大量の虫たちの出所を把握したアンリエッタ。


 つい先ほどの光景を思い出して身震いした後、近くに倒れているはずのミラを探す。


 といっても、すぐ真後ろに居たが。


「びっくりさせてしまってごめんなさい。……それじゃあ行きましょうか」


 アンリエッタがミラを背負ってその場を後にしようとしたその時、突然白骨の山の中からうめき声が聞こえてくる。


「…………?」


 声を頼りに足元の白骨をかき分けてみると、そこには何かの液体にまみれたエリィの姿があった。


 エリィは目を大きく見開き、しきりに口をパクパクさせている。


「よかったわエリィちゃん。私よ、わかる?」

「ひぃぃぃっ!」


 エリィは何も答えず、ただ震えるのみ。


「もう虫はいないわ。大丈夫だから安心して」


 アンリエッタは、エリィを引っ張り上げて言った。


「……そろいもそろって……あの短時間のうちに一体何があったのかしら?」


 本人たちがこんな様子だから詳しいことは分からないが、とにかく長居はしないほうがよさそうだ。


 動けないエリィを両手で抱きかかえようとするアンリエッタ。


 しかし、付着した虫の体液を見て少しためらう。


「…………せ、背に腹は変えられないわ」


 やがて、アンリエッタは意を決して――布切れで虫液を少し拭き取ってから――エリィを抱きかかえた。


 ――なぜかは分からないが、エリィは少々、小便臭いような気がする。気のせいだろうか? いや、よく見ると服が湿って――


「い、いけないわ。これ以上はエリィちゃんの尊厳に関わってくる……!」


 首を振って余計な考えをかき消すアンリエッタ。


「そ、それにしても……ほとんど塞がっちゃったわね……」


 背中にはミラ、両腕にはエリィ、そして右手に松明。これではろくに身動きが取れない。


 この状態で魔物に襲われたら非常によろしくないことになってしまう。


 アンリエッタは、これ以上おかしな事態が起こらないうちに、急いで小部屋の出口を突き止めて迷宮の通路へ復帰する。


「ひとまず、あなたたちを連れて帰るわ。クレイグ君は……ごめんなさい、少しだけ待っていて……どこにいるのかは、わからないけれど……」


 こうして、アンリエッタは二人を抱えて帰途についた。


「ああ、あああああああああ」

「よしよし、大丈夫よ。もうすぐだから、ね?」


 時々取り乱して暴れるエリィをなだめ、すすり泣くミラを慰めながら進んでいくアンリエッタ。


 その姿はまるで聖母のようだった。他の冒険者が目撃していたら、伝説として語り継がれていただろう。


 しかし、このような状況下でもアンリエッタが冷静に通路を選択していったため、特に魔物に襲われることも、ほかの冒険者と遭遇することもなく一階層へ戻り、そこから外へ出ることができた。


 アンリエッタ様様である。


 迷宮の外は、いまだに昼だ。探索を始めてからそれほど時間が経たないうちに、パーティは崩壊したのである。


「ふー……」


 日の光と心地よい風を浴びたアンリエッタは、二人を地面に寝かせて一息つく。


 ミラとエリィは多少落ち着きを取り戻し、今は疲れからか目を閉じて静かに眠っている。


 アンリエッタに実力がなければ、彼女たちが迷宮の外へ無事に脱出することはできなかっただろう。


 アンリエッタ様様である。


「……後は……クレイグくんね」


 手早く二度目の探索装備を整え、意を決して迷宮の入り口へ立つアンリエッタ。


 その時だった。


「うう、ううううう」


 迷宮の奥から、呻き声を上げながら何者かがこちらへ歩いてくる音が聞こえた。


 アンリエッタは、とっさに物陰に隠れて身構える。


 このまま迷宮の入口から出てきたところを、横から奇襲する算段だ。


 しかし、入口から出てきたのは敵ではなかった。


 目を見開いて驚愕するアンリエッタ。


 なぜなら、そこに現れたのは虚ろな目をしたクレイグだったからだ。


「く、クレイグくん!?」

「ああ、ううう」


 アンリエッタは、言葉にならない声を発するクレイグに慌てて駆け寄る。


「す、少しやけたかしら……?」


 彼女の言うように、クレイグの顔の右半分は焼けただれていた。


「も、もしもしクレイグくん……私のことがわかる……?」

「うううぅ…………」


 明確な返事は帰ってこないが、アンリエッタが動くとその後をついてくる。


 もしかすると、少しだけ自我が残っているのかもしれない。


「と、とにかく、みんな無事? に帰ってくることができてよかったわ」


 アンリエッタはほっと豊満な胸をなでおろした。


「精神状態の方は見事に壊滅したみたいだけれど……」


 三者三様の壊れ方をしている彼らを交互に見比べて、ため息をつくアンリエッタ。


 もう全て投げ出して町へ逃げ帰ってしまいたいが、三人をこのまま放置しておくわけにもいかない。


 アンリエッタは少し悩んだ後、思い立ったように言った。


「…………あれを使ってみようかしら」

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