26話 アンリエッタの受難

「みんなどこへ行ってしまったのかしら……」


 首をかしげるアンリエッタ。しかし、その疑問に答えてくれる者はいない。


 はぐれた三人を探しているうちに、二階層の入口である一階層へ続く階段の前まで戻ってきてしまった。


「それにしてもおかしいわね……あんな一瞬で消えちゃうなんて……」


 アンリエッタはしばらく考え事をしていたが、やがて何かを思いついたように立ち上がる。


 次の瞬間、唐突に手に持っていた松明の明かりを消してしまった。


 当然、周囲は真っ暗で何も見えなくなる。


「…………そろそろかしら」


 暗闇の中でぼそりとそんなことを呟きながら、アンリエッタは再び松明に火をつけた。


「――あらあら」


 すると、驚いたことに先ほどとは別の大広間のような場所へ立っている。


 周囲を見渡しても、近くに二階層の入り口が存在する様子はなく、ただ広間の四方に通路が繋がっているだけだ。


 アンリエッタは、何度か松明の火を点けたり消したりして、その度に自分の立っている場所が変わることを確認する。


「うふふ……そういうこと……なんとなく理解したわ」


 つまりこの迷宮の二階層は、全体に転移魔法のようなものが仕掛けられており、暗闇が発生した際にその効果が発動するようになっているのだ。


  ――松明の明かりを絶やしてはいけなかったのである。


 あの場は余計なことを言ってクレイグを怒らせずに、上手いこと収めるべきだったのだ。


「私にかかってしまえばこんなものだわ!」


 そういって自身を鼓舞するアンリエッタの表情は変わらずニコニコしているが、心では泣いていた。


 アンリエッタ(乙女のヒミツ☆)歳。エルフの冒険者として生きて約(乙女のヒミツ☆)年。これほどまでにひどいパーティに当たったのは初めてだ。


 とはいえ、実際のところ冒険者歴はそこまで長くないが。


「いやあああああああああああああ!」


 その時、近くで悲鳴が聞こえてきた。


 ――ミラに似ている声だ。


「ミラちゃん!?」


 アンリエッタは、声のした方へ大急ぎで走り出す。


 すると、通路の奥の方でトロールの姿が小さく見えた。


 そのさらに奥には、倒れているミラらしき人影が見える。


「ごめんなさいね」


 アンリエッタは左手を突き出し、弓を空中で具現化させた。


 そのまま松明を持ちかえ、右手で魔法の矢を放つ。


 一瞬のうちにトロールへと狙いを定め放たれた矢は、光の軌道を描きながら飛んでいき、その心臓を正確に貫いた。


 瞬く間に戦闘が終わると同時に、弓は光る粒となって消える。


 その無駄のない動作から、アンリエッタの技は非常に熟達していることが伺えた。


 これがプラチナランク本来の実力である。


「聞こえるかしら? いるのなら返事をして、ミラちゃん!」


 呼びかけながら、再び通路を走り出すアンリエッタ。


 しかし、返事はない。


「あらら……?」


 やっとの思いでトロールの亡骸までたどり着いたが、ミラの姿はどこにも見えなかった。


「おかしいわね、確かにミラちゃんが居た気がしたのだけれど」


 アンリエッタは、倒したトロールを見つめながら呟く。


 通路は、ここからさらに奥まで続いている。


「ミラちゃん……?」


 逃げ出してしまったのだろうか。


 アンリエッタは、トロールを乗り越えて通路の突き当たりを右に曲がった。


「あぁ……あああああ!」

「もう、びっくりするわね」


 ちょうどグールと鉢合わせるが、魔法の矢を打ち込んで冷静に対処する。


 攻撃をくらったグールは、その場で死体を残すことなく消えてしまった。


「実体がないの……? これも……幻術の類かしら……?」


 つくづくおかしなところへ来てしまった。


 アンリエッタは頭を抱える。


 徘徊する魔物たちはそれほど強くない。


 よほどの不覚をとらない限り、アンリエッタが負けることはないだろう。


 しかし迷宮に仕掛けられた罠が非常に厄介である。


 できるなら、早いところあの三人を見つけ出してこんな場所とはおさらばしてしまいたいのだが。


「いやあああああああああああああ!」

「――――!」


 その時、近くで再びミラの悲鳴が聞こえた。


 アンリエッタは声を頼りに迷宮を駆け抜ける。


 悲鳴を頼りにしてたどり着いたのは、小さな牢屋のような空間。


「ミラ……ちゃん……?」


 ――そこへはめられた鉄格子の向こう側に、ミラは居た。


 牢屋の中でうずくまってしきりになにかを呟くミラ。


 近くの床には、折れた槍と吐瀉物としゃぶつが残っている。


「い、一体何があったの!? しっかりなさい! ミラちゃん!」


 アンリエッタは、ねじ曲がった鉄格子の隙間を通って中へ入り、ミラに呼びかける。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 しかし、ミラはいくら呼びかけても「ごめんなさい」と繰り返すだけで、返事をしない。


 すっかり憔悴しきった様子で、その目はうつろだ。


「もう大丈夫よミラちゃん。安心して」


 仕方なく、震えるミラを抱きしめて落ち着かせるアンリエッタ。


「あぁぁ……ううぅぅ……私……みんなを……みんなのこと……っ!」

「とにかく今は何も考えてはいけないわ。無事にここから出ることだけ考えましょう?」

「えっぐ……ひっぐ……うわあああああああああああん」

「よしよし……」


 アンリエッタは、幼児退行して完全に役に立たなくなってしまったミラを背中に背負って牢屋を後にし、残りの二人の捜索へ取り掛かる。


 下手をすると自分の命まで危ない危険な行為だが、クレイグにはっきりと言い過ぎた結果こうなってしまったことに多少の負い目を感じているのだ。


「うええええええん……ぐすっ……」

「私も泣きたいわ……」


 泣き言をいうアンリエッタ。


 気のゆるみからか、床に仕掛けられた罠に気付かず思いっきり踏み抜き、落とし穴を作動させてしまう。


「きゃあああああああああああ!」


 アンリエッタは、ミラを背負ったまま悲鳴を上げながら落とし穴へと落ちていった。

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