19話 ロロ
翌日の朝。約束通り四人は再び酒場に集まる。
早朝の酒場は、昨日酔い潰れてそのまま夜を明かした者や、情報交換をするためにやってきた者がまばらにいる程度で、それほど騒がしくはない。
集まって探索の段取りを決めるのにはうってつけの場所だ。
「よし、そんじゃ、面倒だが始めっか」
クレイグは、席について持ってきた依頼書を広げながら、今回の探索の説明を始める。
「どーせやることは決まってるんだし、さっさと説明しちゃって」
エリィは大儀そうに足を組みながら言った。
「幻惑の石室。それが、あの迷宮に付けられた名だ。そんでもって、これから俺たちはその二階層に踏み込むってわけだ。目的は、次の階層へ続く階段か、
依頼書から顔を上げて三人を順番に見回すクレイグ。そこへ、アンリエッタが手を挙げる。
「役割分担はもう決めてあるのかしら?」
クレイグはアンリエッタの問いかけに答えて言った。
「見ての通りだが、職業は俺が戦士、エリィが魔術師、ミラが治癒術師だ」
「ええ、それはもう聞いているわ」
「それじゃあ何が聞きてえんだ?」
「あらあら?」
笑顔のまま首をかしげるアンリエッタ。
「……何よその反応」
エリィは眉をひそめる。
「いえ、地図を書く人や斥候なんかの分担を聞いているのだけれど……」
「あ、ああ、そういうことか。一人パーティから抜けたやつがいるからな、決め直すのをすっかり忘れてたぜ」
予想外の質問をされたクレイグは動揺し、椅子に座り直す。
「えっと……地図は私がやります」
そう言いながらゆっくりと手を挙げるミラ。
「そんじゃ、俺が斥候だな」
「あたしは罠を警戒しとくわ」
各自が名乗り上げ、次々と分担が決まっていく。
「そうなると、私は持ち物の管理をすればいいわね」
「ああ、よろしく頼むぜ。――他に聞いておきたいことはあるか?」
「そうね、依頼とは直接関係ないことだから、もし都合が悪いのであれば答えなくて良いのだけど……」
「なんだ?」
「……パーティを抜けた子について詳しく教えて欲しいわ。その子がどんな役割を果たしていたか分かると、私も動きやすいもの」
「――ああ、ロロのことか」
アンリエッタにロロについて質問されたクレイグは、愉快そうに笑う。
「その様子だと、ロロ? って子は円満にこのパーティーを抜けたようね。良かったわ」
そう言ってほっと胸を撫で下ろすアンリエッタ。
「あいつの職業は盗賊だ。後は雑用を色々とやらせてたな。それくらいしか能がねーマヌケな怠けモンだったからよ」
「ドジでノロマなハーフリングなんて最悪でしょ? やっとプラチナに昇格したってのに、あんな奴と一緒に居たんじゃ命がいくつあっても足りないから抜けてもらったってワケ」
クレイグとエリィは、一通りロロの悪口を言って笑った。
「ちょっと二人とも! いくらロロが力不足だからって、そんなこと言うのはあんまりよ!」
「満場一致で能力不足という評価なのね……」
アンリエッタの笑顔が少しだけ曇る。しかし、パーティ内で力が釣り合わずに解散に至るなんてことは、よくある話だ。
聞いていて気分の良いものではないが、わざわざ気に留めるほどでもない。
「と、とにかく、ロロくんのことはよくわかったわ。色々言いたいこともあるのでしょうけれど、これ以上はこの後の探索に支障が出るから落ち着いてちょうだい?」
「けっ! それもそうだな。ったく、思い出しただけで腹わたが煮えくり変えるぜ」
「私から聞きたいことはもうないわ。 エリィちゃんとミラちゃんは大丈夫?」
アンリエッタは二人のことを交互に見る。
「私は……大丈夫です」
「あたしもないわ。さっさと出発しちゃいましょ」
こうして、四人は酒場を後にし、迷宮へ向けて出発した。
街の大通りを抜け、門をくぐって外へ出る一行。
「――ミラちゃん」
ちょうどその時、アンリエッタがミラに話しかけた。
「はい?」
「すっかり忘れていたわ。あのね、念のため、迷宮の一階層の地図を見せて欲しいのだけれど……」
「あ、はい、わかりました」
ミラは地図を取り出してアンリエッタへ手渡す。
「ありがとう、ミラちゃん――あら、まあ」
アンリエッタは、受け取った地図を眺めて驚いた。
「す、すみません。な、何か変でしたか?」
よく考えてみれば、この地図はロロが書いたものだ。他の冒険者から見たら粗が多いのかもしれない。
「……下手な地図で悪いな」
バツが悪そうにするクレイグ。エリィも呆れたように肩を落とす。
「いいえ、とんでもないわ」
「――――え?」
「探索しながらここまで正確な地図が書ける冒険者なんてほとんどいないわよ。おまけに、このまま売り物にしてもいいくらい線がきれい。きっと、マッピングを専門職にしても引く手数多でしょうね。――一体、誰がこれを書いたのかしら?」
アンリエッタの問いかけに対し、三人は沈黙した。まさか、ロロの書いた地図がそこまで評価されるとは思わなかったからだ。
「あらあら?」
アンリエッタは笑顔のまま首をかしげる。少しして、はっとしたように言った。
「そ、そうよね、
「問題ない。今回は無力な奴を守る余裕もないだろうからな」
「あらそう?」
クレイグは、それっきり眉間にしわを寄せて黙り込んでしまう。
「ち、地図は私に任せてください」
ミラはそう言って、アンリエッタから地図を受け取った。
「……もうすぐ着くぞ」
小さな声で呟くクレイグ。
アンリエッタは、このパーティに違和感を覚えつつあった。
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