16話 付き合わせて、ごめんね
誰かが泣く声が聞こえる。
女の子の……よく通る綺麗な声だ。
いけない。
そんなに泣き叫んだら、喉が潰れてしまうだろうに。
だけどその声は、そんなこと気にもしない様子で、しきりに誰かの名前を呼んでいた。
「…………っ!」
なんと言っているのだろうか。よく聞こえない。
「………………よ………………死んじゃ……い…………ロぉっ!」
――ノルン?
「嫌だよっ、死なないでロロぉっ!」
頬を冷たい何かが伝い、僕は目を開ける。
すると、ぐちゃぐちゃに泣くノルンの顔が視界いっぱいに見えた。
僕は、ノルンに膝枕をされているみたいだ。
僕なんかのために真剣に泣くノルンの姿が、なんだか少しおかしくて笑いそうになる。
もっとも、体の中が痛くて笑えなかったけど。
「ロロ! よかった、死んじゃったかと思ったぁっ!」
「おち……ついて……」
「で、でも腕が……! どうしたらいいの!? 私……私じゃわからないよぉっ!」
手持ちの薬はもう無いし、魔力も尽きた。なんとかなりそうなのは……。
「そばに……いて……ノルンの…………エンチャントで……少し……よくなる」
「私がこうしていればいいの!?」
「再生の……エンチャントは……触れてるだけでいい…………」
じっとしている間、ノルンは慣れた手つきで僕の折れた腕を固定してくれた。僕は痛くてちょっと泣いた。
そうして、しばらくノルンにした再生のエンチャントの恩恵を受けていると、少し体が楽になってきた。
「だいぶ、楽になったよ。もう大丈夫」
「ぐすっ……ひっぐっ、体、もう動かせるの……?」
「それは、ちょっと、無理だけど」
「わかった……」
ノルンは、僕の体を背負って立ち上がった。女の子に背負われるというのはなんとなく気恥ずかしい。ノルンの方が僕より圧倒的に力つよいけど。
ノルンは温かかった。まだ傷も治っていないのに、ノルンには無理をさせてばかりだ。
「ごめんね……ノルン。僕、ノルンに逃げてって言えなかった……。酷いこと命令した……」
僕は呟く。
「そんなことない。私……ロロが頼ってくれて嬉しかった。だけど結局、ロロに助けられてちゃったし……謝るのは私のほう……」
「ノルンは……優しすぎるよ……」
本来ならば、僕は何を言われたって仕方がない。臆病者で使えない役立たずだ。少なくとも、今まではそうやって叱責され、罵倒され続けてきた。
「ありがとう…………ノルン……」
しかしその時、ノルンは何も言わずに立ち止まってしまった。
「あ……ぁ……」
角を曲がったところにある広場で、三体のトロールキングが待ち構えていたのだ。
「そんな…………」
そう呟くノルンの深い絶望が、こちらにも伝わってくる。
僕たちの存在に気づいたトロールキングは、大きな棍棒を手にとり、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。たとえ逃げ出したとしても追いつく自信があるのだろう。
ああ、やっぱり僕は何をやっても上手くいかないみたいだ。もう、トロールキング三体を相手に蛮勇を奮い立たせる気力は残っていない。
「ノルンは……僕を
「そんなの……絶対に嫌だよ。ロロっ!」
ノルンは奴隷の首輪を引きちぎった。想定外の事態に、僕は唖然とする。なんて怪力だ。
「ばか……っ……なんで……僕なんかのためにっ……!」
「違うよ……私のわがまま。私、ロロと一緒がいい」
ノルンはその場に座り込んでしまう。
「いいか、これは命令だぞっ! 僕を置いて逃げろ! 早くするんだっ!」
「そんな命令は聞けないよ。ごめんねロロ……一緒に死んで……?」
「死ぬのは……僕だけで十分なんだよっ……!」
ノルンの体の震えが伝わってくる。本当はノルンだって、こんなところで死にたくなんかないはずだ。
それなのに……どうして……。
トロールキングは僕たちを取り囲む。手には血のついた巨大な棍棒が握られていた。
あんなもので殴られたらひとたまりもない。
だけど、僕にはもうどうすることもできない。僕は、震えているノルンを、今出せる限りの力を使って抱きしめた。
「付き合わせて、ごめんね」
全て諦めかけたその時、しゃん、と鈴の音が鳴り響いた。
「感動的だけど、キミたちはまだ死んじゃだめだにゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます