15話 VSトロールキング

「ココカ?」

「そっちじゃない」


 トロールキングが、ノルンが隠れている岩を破壊しようとしたので僕の方へ注意を引きつける。


 僕はポケットから、先ほどとは別の薬を取り出した。通称ソーマ。一時的に身体能力を引き上げる薬だ。効果が切れると、全身に痛みが走りしばらく動けなくなる。


 こいつを倒すための時間は、あまり残されていない。


 体が小さいハーフリングの適量は半分。だけど僕はそれを一瓶、一気に飲み干す。


「コロス!」


 瓶を投げ捨て、腰から二対の短剣を引き抜く。


魔力付与エンチャントッ! 盲目ブラインド! 火炎フレイム!」


 左手の短剣に盲目、右手の短剣に火炎のエンチャントをする。


 その間にトロールキングは距離を詰め、拳で殴りかかってきた。


 轟音と共に、地面がえぐられる。岩の破片が飛び散り、体をかすめた。


 ――こいつは絶対に許さない。


 僕は跳び上がって奴の拳の上に乗り、腕を伝って顔に短剣を突き立てた。


「グウゥゥゥゥッ!」


 短剣から毒が回ってトロールキングの目が潰れ、顔から火が吹き上がる。


「シネエエエエエ!」


 激昂し、滅茶苦茶に手足を振り回すトロールキング。本来で有ればとっくに火達磨だるまになっているはずなのに、そんな様子はない。


 どうやら火はあまり効かないらしい。エンチャントを別のものに変える必要がありそうだ。


魔力付与エンチャント! 猛毒ポイズン! 氷雪ブリザード!」

「ソコダナッ!」


 トロールキングは、僕のいる場所へ飛び込んでくる。地面を抉りながら迫ってくる巨体。まともに攻撃を喰らえば、それだけで戦闘不能に陥るだろう。


 ――ノルンのように。


「死ぬのはお前だぁッ!」


 僕は奴の巨体を交わし、怒りに任せて何度も何度も短剣で斬りつける。


 皮膚が硬く、思うように刃が通らないが、氷雪のエンチャントをした短剣での攻撃は着実にトロールキングの皮膚を凍らせ、崩壊させた。


「グアアアアアアアッ!」


 トロールキングは、苦痛のあまり絶叫しながら転がり回る。


 洞窟全体が振動し、天井から石が落ちてきた。このままではこの場所が崩落してしまいそうだ。


麻痺パラライズ


 更に左手の短剣のエンチャントを変化させる。


 理性を完全に失い、無造作に手足を振り回すトロールキング。


 僕はそれを掻い潜りながら奴の懐に潜り込み、攻撃を仕掛ける。


「くらえっ! くたばれッ! この化け物ッ!」

「ウガッ……アァァ……ッ!」


 トロールキングは神経毒が全身にめぐり、巨体を痙攣させながら動きを止める。


 僕が右足首に思い切り短剣を突き立てると、トロールキングは唸りながらそのまま仰向けに倒れた。


「はぁ……はぁ……っ」


 体がふらふらする。薬の効果が切れ始めたみたいだ。手足に痛みが走り、意識が朦朧としてくる。


 僕は奴の巨体によじ登り、首元で短剣を構え直した。


「とどめだぁッ!」


 短剣を突き立てた首筋から鮮血が吹き出し、視界が真っ赤に染まる。


 血生臭い匂いがして、僕は思わずむせ返った。


 刹那、全身が押し潰されるような感覚に襲われる。


「ツカマエタァ…………」


 体が浮かび上がり、にやにやと不気味に笑うトロールキングの顔が正面に見えた。奴はやられてなどいなかった。やられたふりをして、僕を捕らえる機会をうかがっていたのだ。


「くそっ、離せッ!」


 手に力が入らない。トロールキングは自身の手に握られたまま抵抗する僕をじっと眺めて、嘲笑った。


「アキラメロ、ジックリ、イタブッテヤル」


 あれほど攻撃しても、奴を絶命させるには至らなかった。いつの間にやら奴の盲目は完治し、確かに手ごたえがあったはずの、首筋の切り傷もみるみるうちに塞がっていく。


「そん……な…………」


 確かに、動きは鈍っていたはずだ。攻撃が効いていないはずがないんだ……!


「マズハ、ウットウシイ、ウデカラダ」


 トロールキングは僕の右腕を摘み上げると、ポキリとへし折る。僕はあまりの痛さに耐えきれず絶叫した。


「うわああああああああああああッ!」


 激痛が走り、トロールキングが離した右腕が、力なくだらんとぶら下がる。


「あぐッ! うぅぅぅぅッ!」

「モットワメケ」


 手を握る力を強めるトロールキング。すると、僕の体に先ほどとは別種の痛みが襲いかかってきた。


「がぁっ! ごほっ、ごほぉッ!」


 口から大量の血を吐き出す。体の中の何かが潰されるような、今までに経験したことのない感覚がした。


 ……嫌だ、怖い!


 激痛で失いかけた意識は、別の激痛によって覚醒させられる。


 僕は、もはや戦意を喪失しかけていた。


 手足の感覚がほとんどない。僕の体はもうぐしゃぐしゃなのかもしれない。


 痛みと絶望で押しつぶされそうになった時、ふと脳裏にノルンの顔が浮かんだ。


 そうだ、何のために僕は戦っている? これ以上ノルンを傷つけさせないためだ。生きて、ノルンを迷宮の外に出してやるためだ。


 僕が冒険者を諦めていれば、ノルンはこんな目に遭わずに済んだ。


 ノルンを助けるために、僕はこいつを生かしておくわけにはいかない。


「エン……チャント……ッ」

「ナンダ?」


 短剣がするりと僕の両手から落ち、奴の足元に転がる。


「――――爆発バーン


 詠唱の終了と同時に、短剣が眩く光り大爆発を起こした。


 爆発バーンのエンチャント。残っている全魔力と引き換えに、武器を爆発させる。離れすぎると発動しないので、ほとんど自決用みたいな魔法だ。初めから、タイミングを見計らって使うつもりではいたけど。


 至近距離で爆発を食らったトロールキングは消し飛び、僕は爆風で吹き飛ばされる。


 浮遊感を覚えて一瞬意識が飛び、岩に叩きつけられて気がつくと目の前にノルンがいた。


 どうやら、岩陰まで飛ばされたらしい。トロールキングに掴まれていたおかげで、爆発を直接浴びずに済んだみたいだ。


 手足の肉がずたずたで体が上手く動かないが、辛うじて骨は繋がっている。


 僕は……あいつに勝つことができた。


「う……げほっ……ノ……ル……ン……」


 僕の呼びかけに応じて、ノルンがゆっくりと目を開く。


 治療の効果は覿面てきめんだったらしい。


 良かった……。


 僕は安心し、そのまま意識を失った。

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