12話 不帰の洞窟

 しまった、ノルンを怖がらせてしまった。


 今の説明では言葉足らずだったな。


「名前の由来はそうだけど、今はもうほとんど探索されつくして安全だから、駆け出し冒険者にとって最適の迷宮なんだよ」

「そうなの……本当にだいじょうぶ……?」

「うん。少なくとも、ノルンが想像してるよりは安全かな」


 とはいえ、迷宮である以上常に命の危険が付きまとう。


 怖がりすぎもよくないが、気は引き締めて臨むべきだ。


 そうこうしているうちに、洞窟の入口へたどり着く。


「それじゃあ、行こうか。僕は周りを警戒しながら進んでいくから、ノルンは地図を見て採掘できる場所まで案内して」


 とりあえず、ノルンがどの程度の実力なのかを知りたかった僕は役割分担をそのようにした。


「うん、わかった。私、魔物が出たらロロのこと守る」

「あ、ありがと……」


 確かに、ノルンの方が力が強くて戦闘向きだ。だけど、僕は男なわけだし、面と向かって言われると少しだけ悔しい。


 こうなったら、僕の実力をノルンに見せつけてやる! 僕だって、いくら役立たずと言われ続けてきたとはいえ、ここまでやってきたんだ。それなりの実力はあるはず……。


 魔物が入り口で罠を張って待ち構えていないか確認した後、迷宮の中へ踏み込む。


  空洞の内部は、自ら青い光を発する水晶が至る所にあるおかげで思ったより明るかった。『不帰の洞窟』は、冒険者の間では有名な場所だけど、僕自身が来るのは初めてだ。とても綺麗な場所だったので、僕は思わず息をのむ。


「すごい……綺麗な場所だね、ロロ」

「うん……だけど油断しちゃだめだよ。どっかから魔物が狙ってるかもしれないから」

「わかった」


 ノルンは地図を取り出して広げる。しばらく「あー」とか「うーん」とか言って、地図をくるくる回しながらうなった後僕の方を見た。


「えっと、とりあえずここから真っ直ぐ進めばいいと思う」

「りょうかい」


 僕はノルンに言われた通りに、洞窟の中を進み始める。幸いなことに魔物の気配はまったく感じない。


 この調子なら、すぐに試験に合格することができそうだ。


「ねえロロ」


 しばらく歩いたところで、ノルンが僕に話しかけてくる。僕は後ろを振り向いた。


「どうしたのノルン、まさか……迷った?」

「ううん、違うの。聞きたいことがあって」

「僕に答えられることなら答えるけど……」

「あのね、さっき話してた冒険者の階級のことなんだけど、最上位の冒険者ってどのくらいすごいの?」

「え?」

「だって、色々なこと知ってるロロがゴールドだったんでしょ? だとしたら、一番上にいる人たちはどんな感じなのかなって、気になって」


 最上位がどのくらいすごいのか、というのは難しい質問だ。なぜかといえば、僕みたいな冒険者ではまずお目にかかれない存在だから。


 珠玉ジェム。彼らは、この国の王から直々に英雄として認められた冒険者たちだ。


 彼らの持つペンダントには、国宝級の膨大な魔力が込められた宝石がはめ込まれ、彼らは皆一様に

 その宝石からとった二つ名で呼ばれている。


 その中でも僕が好きなのは紫水晶アメジストのジョン・ドゥ。素性、経歴一切不明、だけど正義のために暗躍するクールな冒険者だ。噂によると、魔物や盗賊の被害に悩まされている村にふらりと立ち寄っては、そういった奴らをたった一人でばったばったとなぎ倒して去っていくらしい。


 だけど、この話をノルンにしたら、子どもの頃ジョン・ドゥに憧れていた僕にまつわる、封印していた記憶の数々を思い出してしまいそうなのでやめておく。そっとしておいてほしい。


「う、うーん、僕にとっても雲の上の存在だからあまり具体的な話は出来ないけど…… 最上位の冒険者に関しては、酔っぱらったまま全裸で邪竜を倒したとか、うっかり魔法を外して地図から山を一つ消したとか、『俺何かやっちゃいました?』が口癖とか、実は魔王がお忍びで冒険者やってるとか、人間を主食にしているとか、色々言われてるね」

「それ、もう人間じゃないよ……」


 引き気味のノルン。


「とにかく、一つだけ確かなことは人間離れした強さだってことかな」

「危ない人たちなんだね……」


 ちなみに、他にも、挑もうとした迷宮が恐怖のあまり逃げ出した、実は迷宮を経営している、魔物が泣きながら土下座して道を譲った、その気になれば国一つ消せる、城より大きい、神出鬼没、等色々な噂がある。


「そうだね……僕も噂の情報が本当だとすれば、あまり会いたくないかな……」


 彼らは尊敬の対象であると同時に、畏怖の対象でもあるのだ。


「ロロ! 足もと危ない!」


 その時、不意にノルンが叫んだ。気づくのに遅れてしまった僕は、それにつまづいて転ぶ。受け身は取れたため、大事には至らなかった。


「いたた……何につまづい……って、え?」


 体を起こし、つまづいた場所を確認した僕が見つけたのは、全裸で倒れた猫の獣人の女の人だった。

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