8話 交易都市ミルヴァ

 鳥のさえずりが聞こえてきて、目をつぶっていてもまぶしい。


 どうやら、朝がきたようだ。ノルンは先に起きていたらしく、川辺に立って川の中をじっと見つめている。


 ――一体何をしているのだろうか?


「ノルン……?」


 僕が声をかけたその時、ノルンは勢いよく流れる水へ手を突っ込んだ。


 水しぶきとともに引き上げられたその手には、青い鱗の魚が握られている。


「おはよう……ロロ」

「お、おはよう」

「朝ご飯とれた」


 ノルンは僕の足元へ魚を投げ渡す。


 ふと足元を見ると、新鮮で活きのいい魚が十匹くらい僕の足元でびちびちと跳ねていた。


「たくさんとれた」

「あ、ありがとう……。焼いて食べようか」


 僕の言葉に対し、目を輝かせるノルン。


 串に突き刺した魚を焼いて食べた僕たちは、焚火の始末をしてから川を渡った。


 何もない道だから、そのまま真っすぐ歩けば日が暮れる前にミルヴァについたはずなんだけど、不運にも突然の大雨に見舞われてしまう。


 僕とノルンは、ひとまず見つけた洞窟の洞穴で雨宿りをすることにした。


「はぁ……なんか最近ついてないな……」


 近くで雷が落ちる音がする。


 ふとノルンの方を見ると、焚火の近くでうずくまって怯えているようだった。


「寒い?」

「だいじょうぶ……」


 なんとか、怖がっているノルンの気をそらしてやれないものだろうか。


「ノルンは……ミルヴァに行ったことある?」


 僕は適当な話題をノルンに振ってみる。


「うん、前にみんなと一緒だった時に一回だけ……」

「みんな……?」

「同じドワーフのみんな。宝石を加工したものとかを売りながら暮らしていたの」

「行商人……みたいな?」

「うん」


 どうやら、ノルンは奴隷になる前はドワーフの隊商キャラバンにいたらしい。以前に一度だけ、孤児院に来たことがあったな。院長に追い払われてたけど。


「だけど、うぅ……っ」

「つらいなら話さなくてもいいよ?」

「いいの。誰かに……聞いてもらいたい……」


 本人がそう言った以上、僕は何も言わなかった。


「冒険者の登録しないで、迷宮にあるものとってたから……お尋ね者になっちゃって……」


 涙ながらに語るノルン。とても悲しい話だ。


 ……いや、本当にそうだろうか?


「私……どんくさいから、みんなとはぐれて捕まっちゃったの……それで奴隷に……」

「そうなんだ……大変……だったんだね……ぐすっ」


 僕も雰囲気に流されて涙ぐんでしまったが、もしかしてこれ、自業自得ってやつなのでは……? だって法に背いて捕まって奴隷に落とされたってことだよねこれ? ‥‥あまり深く考えるのはやめておこう。


 一瞬でも可哀想な話だと思ったのだから、泣いておけばいいのだ。


「ロロ……」


 ノルンは泣きながら僕に寄り添ってくる。 


 僕はノルンの濡れた髪をゆっくり、恐る恐る撫でた。


「泣きたいなら泣いていいよ。もっとも、それで楽になるんだったらの話だけど」

「うええええええええええん!」

「は、早いな……」


 ノルンは堰を切ったように泣きだす。きっと今まで感情を押し殺して我慢してきたのだろう。僕もそうだったから、なんとなくわかる。


 やがて嵐がやみ、ぬかるんだ道を越えてようやく隣町のミルヴァへたどり着いたのは、翌日の朝だった。思った以上に時間がかかってしまった。


 ミルヴァは運河を介した交易の中継地点。運河はかつてこの国の王が人海戦術で作り出したものらしい。なんともスケールの大きい話である。


 とにかく、ミルヴァはそんな運河の恩恵を受けた交易都市だということだ。遠くの地から様々な品が流入してくるので、冒険者の拠点としてもなかなか良い所だと思う。


「それじゃ、行こうか」

「うん」


 僕はノルンを連れて門をくぐり、街の中へ入る。


 人が多くて賑やかだ。目が回りそうになる。ノルンも落ち着きなく周囲を見回している。


 この都市の難点を挙げるとすれば、人が多すぎて疲れるということだ。様々な種族が入り乱れ、商談をしたり、冒険の計画を立てたり、喧嘩をしたりしている。


 僕としては、静かな場所の方が好きなんだけど……。


 だが、贅沢も言っていられない。人が多いということはそれだけ仕事も多いということ。パーティを追放された僕はこの街でなんとか生活していくしかないのだ。


 手始めに冒険者ギルドに向かおうとしたが、ノルンの視線が近くに建っている服屋へ向いていることに気づいた。


 そういえば、ノルンの服は奴隷として購入した時のままだ。いつまでも、こんなボロボロの服を着せるわけにもいかないだろう。


 僕はそう考えて、服屋の中へ入った。 


「あら、お客さん。今日はどういった御用で?」


 すると、入って早々赤いドレスにつばの尖った帽子で派手に着飾った、威圧感のある女の人が出てきた。


「ノルン――この子にちゃんとした服を着せてあげたいんだけど、僕そういうのわからなくて……」


 僕はそう言ってノルンの方を見る。


「……え……私が……? いいの……?」


 驚いたように目を見開くノルン。僕は頷いた。


「なるほど、そういうことでしたらお任せくださいまし。さ、ノルンちゃんはこちらへ」

「……少し待って」


 僕はノルンを奥へ連れて行こうとする店の人を呼び止める。


 不思議そうな顔をしているノルンへ近づき、付いている首輪を外した。


「………………!?」


 予想外の出来事に、ノルンは固まる。


「つけたままだといろいろ不便だろうし……」


 逃げないでいてくれればそれでいいし、逃げたところで今のノルンに行く場所はない。


 最低な考えかもしれないが、僕はそう思ったからノルンの首輪を外した。


「あり……がとう……ロロ……!」

「うん……」


 ノルンは嬉しそうにほほ笑んだ。その様子を見て、店の――赤いドレスの人もにやにやしている。


 複雑な気持ちでいるのは、ノルンの首輪を外した思惑を知っている自分自身だけ。


 なんとなく居心地が悪い。


「ノルンを、お願いします」

「ええ、ぜひともお任せくださいまし!」


 赤いドレスの人は、張り切ってノルンを連れてカーテンの奥へ引っ込んだ。


 おそらく、向こう側では着せ替えが行われているのだろう。


 時々「オホホホホ!」という高らかな笑い声が聞こえてくる。


 少し心配になってきた。


 しばらくして、カーテンが開かれる。


 長い髪を二つ結びで纏め、綺麗な衣服で着飾った少女が、そこから出てきた。


 とても美しい少女だったので、思わず胸が高鳴る。


 あまりの変わりように、僕は一瞬、それが誰だか分らなかった。


「もしかして…………ノルン……なの?」

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