9話 都市散策

「どうでございますか? 可愛いでしょう? サービスで髪型のセットもしましたのよ」


 ノルンの肩に手をそえて、僕に問いかけてくる赤いドレスの人。


 確かに、ノルンは見違えるようにかわいくなった。


 なったけど……。


「確かに、かわいい……けど……なんか露出度高くない?」


 踊り子が着るような服といえばわかりやすいだろうか、とにかく、おへそやらなにやらが丸見えで、非常に防御力が低そうだ。


「とんでもない! 身軽で怪力なドワーフに合わせたお洋服ですもの。これが一番良いと思いますわよ?」

「でも……防御力が低そう……最初に言わなかった僕が悪いけど……ノルンには冒険者の依頼を手伝ってもらいたいから」

「ご安心くださいませ。この衣服? は魔力付与エンチャントによる加護が施してありますのよ。見た目ほどではありませんわ」

「衣服の後に疑問符がついてるじゃん!」

「お気になさらず……それに、かわいいおへそを露出させているあなたが言えたことではないのでは?」

「え……?」


 突然、自分の服装のことを指摘された僕は動揺する。確かに、僕は盗賊だから迷宮探索での機動性を重視して小さめのジャケットに短パンという最低限の装備しかしてないけど……。


「そ、それは関係ないでしょ!」

「あらま、ごめんあそばせ」


 そう言って赤いドレスの人は僕の腹部を指で突いた。


「お、お腹つつかないでよヘンタイ!」

「あらいけない。つい。オホホホホ!」


 この人、腕は確かだけど性格に問題があるな。


 ……僕が言えたことじゃないけど。


「とにかく、美しさと機動性と実用性を備えた、冒険者向きの服ですのよ」

「……ノルンはそれでいいの?」


 とにもかくにも、本人の意見を尊重すべきだ。そう思った僕はノルンに問いかける。


「へん……かな? 私、その、こういうのはあまりわからないから……」


 そう言って恥ずかしそうにうつむくノルン。


「いや……まあ……そういう服装の人も時々見かけるけど……」

「似合って……ない?」

「すごく……似合ってると思うけどぉ……!」


 少しえっちすぎやしないだろうか? 正直、目のやり場に困る。


「だったら、何も問題ないじゃございませんか」


 その後、赤いドレスの人からこの服の機能性や素晴らしさについて長々と説明され、半ば押し切られる形で服を買うことになった。値段は一万。ノルンと同じ……。


 なんとも言えない複雑な気持ちだ。


「ありがとうございましたー!」


 お金を支払った僕は、服屋を後にする。


「ロロ」


 お店を出てすぐ、ノルンが僕に話しかけてきた。心なしか、ノルンの口調に自信がこもっているいる気がする。


 ここまで可愛くなると思わなかったので目を合わされると恥ずかしい。


「な、なに……?」

「ありがとう。私、ロロがご主人様で良かった」


 ノルンはそう言って僕に微笑む。


「僕は……別に感謝されるようなやつじゃない」


 なんだか後ろめたさを感じ、思わずノルンから視線を逸らした。石畳を眺めて気持ちを落ち着かせる。


 ちょうどその時、近くでお腹が鳴る音がした。


 思わず視線を戻すと、ノルンが赤い顔をしてうつむいていた。


 ノルンって……もしかして意外と食いしん坊……?


「……何か食べようか」

「うん……」

「ノルンは、何か食べたいものある?」


 僕は近くに並んでいるお店を指差して問いかける。


「ロロが決めて……」


 そう言いつつ、暗めのレンガで建てられた、ちょっとお洒落な外装のお店が気になる様子のノルン。


 僕はそのお店を指して言った。


「あそこにしようか」

「うん……」


 ノルンは自分の意識がだだ漏れだったことに気づいたらしく、今にも顔から火を吹き出しそうだ。


 僕はノルンを連れて店の中に入る。


「良い子のみんな、ちょっと大人でお洒落な冒険者の酒場『フォーチュンズバー』ミルヴァ支店へようこそ!」


 店の奥にあるカウンター越しに出迎えてくれたのは、右目に傷のある男の人。おそらくこのお店の店主だろう。


 また濃い人が出できた……。


「空いている席に座ってください」


 そう言われた僕とノルンは、窓際の席へ座る。


「何が食べたい?」


 僕はテーブルの上に置いてあったメニューを開いてノルンに問いかける。


「えっと……えっと……ろ、ロロにお任せ……します」


 ノルンは店の雰囲気にのまれて緊張しているみたいだ。……他のお店にした方が良かったかな?


「せ、せめて飲み物だけでも決めて……? えっと、水とお酒とジュース、どれが良い?」

「それじゃあ……ジュースで」

「わかった。‥‥ジュースだね」


 しばらくして、さっきの人がテーブルまでやってくる。


「さあさあ、ダンディーでイケメンなナイスミドルのマスターこと私がご注文を伺いますよ!」

「え、えっと……このステーキのやつ……」

「ヴァルア水牛のステーキ~カザス野菜と春の香りを添えて~でよろしいかい?」

「う、うん。それとこの果物のジュースってやつを……一人分……後、水を一つください」

「かしこまりました。ヴァルア水牛のステーキ~カザス野菜と春の香りを添えて~をお二つとギュッと濃縮迷宮フルーツのジュースをお一つそれから、とっても体に良いすごい天然水をお一つでよろしいですね。……他にご注文はあるかい?」


 いちいち名前が長い。


 僕は注文を終えようとしたが、ノルンが近くのテーブルに座る人が食べているパンケーキを羨ましそうに眺めているのが目に入った。‥‥さっきからわかりやすいな。


「えっと……この魔法都市ムアレで大人気! ほっぺたがおちる甘~いパンケーキ…………を一つ。それで、全部……です」

「パンケーキだね、かしこまりました」

「!?」


 ここに来てメニューの名前を省略した!? そういうことされると真面目に読み上げた僕が恥ずかしいじゃないか!


「それじゃあ、少々お待ち下さい!」


 ダンディーでイケメンなナイスミドルのマスターは注文を受けると店の奥へ引っ込んでいった。


 しばらくして、注文した食べ物が運ばれてくる。


「おまたせしました。ゆっくり食べてね」


 ノルンはキラキラとした目で運ばれてきた食べ物を眺めていたが、自分にだけパンケーキがあることに気付いて僕の方を見た。


「ロロ……これ、食べていいの……?」

「もちろん。全部注文したものだから」


 食べ物をじっと見つめた後、不器用にフォークを握って食べ始めるノルン。パンケーキを口に運んで、顔を綻ばせた。


「おいしい……!」


 そっちから食べるんだ。


 ノルンを見ていたら、僕もお腹が空いてきた。


 ナイフとフォークを手に取ってステーキを一口食べてみる。


 確かに美味しい。無駄に名前が長いだけの料理ではないみたいだ。


 夢中で食べていたらすぐに食べ終わってしまった。


「お腹いっぱい……美味しかった……幸せ……」


 ノルンも全てぺろりと平らげている。……心なしか、体型まで健康的になっている気がする。前は結構痩せ細ってたのにこんな短期間で元に戻るだろうか? 


 やっぱりドワーフって体のつくりが雑なのかな……。


 食事を終えた僕たちは、お金を払ってお店から出る。


「ありがとう、また来てね!」


 マスターはそう言ってにこやかに手を振った。


 それからしばらく街を見て周り、お店の場所やギルドの場所を把握した。そうこうしているうちに、だいぶ日も暮れてきた。


 さて、あとすることといえば……とりあえず宿屋を探すことくらいか。ノルンもさっきからうとうとしてるし。


 僕はノルンを連れて近くにあった宿屋の中へ入る。


「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

「はい、そうです」


 いつものように帳場で手続きを済ませて部屋へ案内される。


 窓が一つ、机が一つ、ベッドが一つの質素な部屋だ。


「……いや、あの、できればベッドは二つに」

「お楽しみください!」


 受付の人はそれだけ言って部屋のドアをばたんと閉めた。


 ベッドが一つしかない部屋に、僕とノルンだけが残される。


「ぼ、僕馬小屋で寝るよ」

「おねがい……待って……」


 部屋から逃げ出そうとした僕の腕をノルンが掴んだ。


「の、ノルン?」

「一緒に……寝て欲しいの。だめかな……?」


 えっ? これはつまりそういうこと!? 僕は口から心臓が飛び出そうになる。


「ど、どど、どうして?」

「夜一人でいると……嫌なことたくさん思い出して……つらいから……」

「あぁ……」


 なんかごめんなさい。僕は心の中で謝った。


 ノルンの気持ちはよくわかる。僕もそうだから。


 あの日から、ずっと仲間に見捨てられる夢を見ている。


 その度に、怖くて、悲しくて、悔しくて、惨めで、色々な感情がごちゃ混ぜになって何がなんだかわからなくなる。


 悩んだ末、僕はノルンと一緒に寝ることにした。


 結果からいうと大失敗だ。


「すぅ……すぅ……」


 暗闇の中、ノルンの寝息が間近で聴こえてきて心が落ち着かない。


 夜目がきくせいで寝顔もはっきり見えるし、悶々とする……うぅ……。


 ――そうだ。よく考えたら僕は性奴隷を買ったんじゃないのか? 


 ということはつまり、当然あんなことやこんなことをする権利があるわけで。


 ……いや、待てよ。そもそも、あんなことやこんなことは具体的にどうやってやればいいんだ?


「いや、やめて……! 一人に……しないでっ……!」


 僕が一人で葛藤していたその時、うなされるノルンの声が聞こえてきた。


 恐る恐る手を伸ばして、頭をなでる。すると、ちょっとだけ落ち着いたみたいだ。


「……大丈夫だよ、ノルン」


 僕はうなされるノルンに寄り添って眠りについた。

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