7話 休息

 ノルンと僕は布にくるまって焚火に当たっている。


 ……気まずい。見ちゃったし……見られたし……。


「その……ごめん。そういうつもりは……なかったんだ」

「……いえ」


 元々性奴隷を買おうとしていた奴が何を言っているんだと思うかもしれないが、今回ばかりは不可抗力というやつだ。


 ――そもそも、よく考えたら性奴隷を買ったところで僕にどうこうできる度胸はなかった。非常に悲しい。


 泣きたい。


 川の流れる音が聞こえてくる。僕は気を紛らわすために、周りから聞こえてくる環境音に耳を傾けていた。


 その時、ノルンのお腹が鳴る。


「…………ごめん……なさい」


 怯えた様子で僕から目をそらしてうつむくノルン。


 ――そろそろご飯にするか。それがいい、そうしよう。


 僕は立ち上がって夕食の準備をしながら、ノルンに問いかける。


「ノルンは商館で売られてた時どのくらいご飯食べてた?」

「一日二回……パンと水を……。動かなければ……それで十分です……」

「……なるほど」


 いつだったか、追放されたパーティのみんなと迷宮探索をしていたころ、ひどく衰弱した飢餓状態の冒険者を助けたことがある。何か食べるものが欲しいと、しきりに訴えてくるので迷宮を出てすぐ、持っている食料をすべて与えた。


 その結果、その冒険者達はいきなり苦しみだして死んでしまったのである。後から他の冒険者に教えてもらった話によると、飢餓状態の人間にいきなりたくさんの食料を食べさせてはいけなかったらしい。つまるところ、僕は彼らを皆殺しにしたのだ。いやぁ……あれは嫌な事件だった。うん……。


 でもまあ……ノルンは飢餓状態で死にかけってわけでもないし、普通に僕と同じ食事で大丈夫そうかな……?


「じゃあ、これがノルンの分」


 僕は干し肉とパン、砂糖漬けされた果物、水の入った水筒をノルンに渡す。


「あ、ありがとうございます」


 驚いた顔をして、夕食を受けてるノルン。何か言いたそうにこちらを見つめている。


「なに?」


 僕は干し肉とパンを頬張りながら問いかけた。


「……あの……こんなにたくさん……いいんですか……?」


 僕は口の中の食べ物をもしゃもしゃしながらこくりと頷く。


 よほどの間抜け面だったのか、ノルンの顔が少しほころんだように見えた。


 僕は慌てて口の中のものを飲み込み、キメ顔を作る。……もう手遅れだけど。


「ゆっくり食べな。いきなりかきこむとろくなことにならないよ」


 ノルンは口いっぱいに食べ物を頬張ったまま、僕の方を見た。


 こっちも手遅れだったみたいだ。


「まあいいや」

 

 月が昇ってきたし、食べたら眠くなった。


「朝になったら出発するから、ノルンも早く寝てね」

「わかりました……」


 僕は服を着て、そのまま横になる。


 目を閉じると、パーティに居た頃の記憶が次々と蘇ってきた。楽しかったことも、苦しかったことも、今の僕にとっては等しく辛い記憶だ。


 僕は努めて何も考えないようにする。


 もう、みんなとは何の関係もない。ただの他人だ。


 その時、どこからか獣の遠吠えが聞こえてきた。


 ふと目を開けると、ノルンが布にくるまって震えている。


「怖いの?」


 僕の問いかけに、ノルンはこくりと頷いた。


「確かに悪魔みたいな鳴き声だけど、人に危害は加えてこないよ」

「でも……」


 僕は震えるノルンに近づく。


「――――?」

「このくらいの距離だったら、仮にいつ襲われたとしても守れるから安心しなよ」


 まあ、さっきも言った通り、襲われることなんてないけど。


「……迷惑かけて……ごめんなさい……」

「謝らなくても……いいよ……別に……」


 そこからは記憶がはっきりとしない。おそらく眠かったので、そのまま寝てしまったのだろう。

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