6話 ノルン
「と、いうわけで。今日から僕が君の主人であるところの……ロロだ。よろしく……」
やばい。勢いに任せて買ったはいいけど奴隷の扱い方とかわからない。
いや、正確にいうと頭ではわかっていても、実際こうやって生身の奴隷を目の前にすると……なんだか気が引けるというか……。
僕は……とんでもない大馬鹿者だ……。
「よろしく……お願いします……ご主人様……げほっ、げほっ」
消え入りそうな声で呟く少女。
だんだんと後悔が押し寄せてきた……。
「その……僕のことはロロって呼んで」
ずっと長いこと、ミラ以外の人間に名前で呼ばれてないから、誰かにそう呼んでほしかった。
「ロロ……」
僕は頷く。だけど、無理やり呼ばせたところで結局虚しさしか感じなかった。
「それに、話し方もそんな風じゃなくていいよ。僕とあんまり年違わないと思うし」
「でも……」
困ったような表情をする少女。
「まあ、無理にとは言わないよ――それで、キミの名前は……?」
「名前を……名前で、呼んでくれるんですか……?」
おずおずと顔を見上げ、僕にそう問いかける少女。
「う、うん……」
僕がそう答えると、少女は小さな声で呟いた。
「ノルン……です」
――なるほどノルンか。
「良い名前だね」
僕はそう言った。名前の良し悪しとかわからないけど。そう答えた方が印象が良さそうだと思ったからだ。
もっとも、奴隷を買う時点で最低最悪だと言われればそれまでだけど。
「ありがとう……ございます」
ノルンの顔が少しだけ綻ぶ。どうやら、返す言葉は間違っていなかったらしい。
――さて、これからどうしたものか。
ひとまず宿屋へ行ったら、奴隷を連れての宿泊を断られた。そこでじっくりとノルンの病気を治してからこの町を出発しようと思っていたのだが、予定は前倒しになりそうだ。
「とりあえず……はい、これ」
僕はノルンに薬を手渡す。
「……げほっ、こ、これは……?」
「迷宮で見つけた薬。とりあえず、それ飲んで」
「いいんですか……?」
「うん。ただの薬じゃないからね。だいぶ楽になる……と、思う」
通称アムリタ。これを飲めば万病はたちまち癒えるとされているが、実際はそんなことはなく、多少体が楽になる程度だ。……それでも、普通に売られている薬と比べたら絶大な効果であることは間違いない。
「すごいです……治りました……」
薬を一瓶飲み干したノルンが驚いたように言った。確かに、その顔は先ほどと比べて活力がみなぎっている。加えて、いつの間にやら咳も止まっていた。
……いや、そんな効かないでしょ。僕の説明はいったい何だったんだ……。
「体も……楽です……」
「それはよかった」
もしかしてドワーフって、体のつくりが雑なのかな?
――まあ、治ったんならいいか。
「まずは隣町のミルヴァへ向かうけど……ノルンはそれでいい?」
僕は、ノルンに問いかけた。
「……はい」
聞いた後に気づいたけど。奴隷なんだからそういうしかないよね。
なんかやりずらいな……。
ひとまず、こんな町はさっさと離れたい。
僕はノルンを連れて町を後にした。
その間、特に会話は交していない。
少し歩くと、ノルンの息が切れてきた。ちょうどその時日が暮れてきたうえ、目の前に川が見えたので、今日はそこで休憩することにした。
「あの川まで行ったら、今日はもう休むから、そこまでがんばって」
僕の言葉に、ノルンはこくりと頷く。
小川の辺たどり着いた僕は、ノルンを休ませ、焚火をするための薪を集め始めた。
「一昨日雨がふったからな……濡れてて使えなさそうなのが多いな……」
僕がそう呟いたその時だった。
「あの」
「うわぁ!?」
「ご、ごめんなさいっ!」
「な、なんだ……ノルンか……」
突然、休ませていたノルンが背後から声をかけてきた。
「どうしたの?」
「あの、何か……私がやることは……」
不安そうなまなざしでそう問いかけてくるノルン。
「いいよ。ノルンは休んでてって言ったでしょ?」
「でも……その……何もしてないと……役立たずって……捨てられないか不安なんです……」
僕ははっとした。……もしかすると、ノルンも僕がクレイグ達に言われてきたことと同じような言葉を前の主人に言われてきたのかもしれない。
僕にも少しだけノルンの気持ちが理解できる。
「……それじゃあ、川の水を汲んでおいてもらえるかな。それと、ついでに、その、軽く水浴びもしておいて」
僕にそう言われて、ノルンは自身の体が汚れていることに気が付いたらしい。
「これ、体ふくやつ」
ノルンは僕から布切れを受け取ると恥ずかしそうに「わ、わかりました」と言って、川の方へ走っていった。
もうすぐ夜だ。
僕は急いで乾いた薪を見つけ出し、もと居た場所へ帰ってくる。
――ノルンはまだ戻ってきていない。
少し寒くなってきたので、慌てて魔法を使って火を起こした。
……することなくなったし、僕も行水しようかな。
僕は服を脱いで畳むと、川の中へ飛び込んだ。
冷たい。
だけど、冷たいほうが、かえって気持ちいい。
僕は人前で服を脱いで喜ぶような変態ではない。
たとえ親しい相手であったとしても、裸一貫の付き合いというものに抵抗がある。
だから、前のパーティに居た時も、水浴びをするときは誰にも見つからないようにこっそりとしていた。
だが、これからはそんな風に気を遣う必要もないのだ。
その点では、楽だと思う。
目を閉じ、体の力を抜いて水に浮くと、どんどんと流されていくのが分かる。なんだか楽しい。
――このまま、誰もいない場所へ行ってしまいたい。
まあ、そういうわけにもいかないか……。
僕が再び目を開くと、一糸まとわぬ姿のノルンが不思議そうな顔で僕のことを見下ろしていた。
「……え」
「ロロ……?」
「うわあああああああああああああああ!」
「きゃあああああああああああああああ!」
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