5話 奴隷商人
こうして、パーティを追放された僕は命からがらこの町へ戻ってきた。
正直言って、もう誰も信じられなかった。
自分より弱そうで、なんでも言うことを聞く都合の良い存在が欲しくなったのだ。
だから性奴隷を買うことに決めた。
自分でも何を言っているのかわからないけど、そういうことなのだ。
僕は、十万ドロンを片手に町の中の治安の悪い路地裏に佇む奴隷商人の館までやってくる。
商館の扉を開けると、中に居たがらの悪い商人が僕の姿を見て眉をひそめた。
「なんだおまえ、ここはガキのくるところじゃ――」
「言っとくけど、ぼくはハーフリング。せいど……じゃなくて、奴隷を買いに来たの」
僕はそう言いながら懐から金貨の入った袋を取り出した。
「こ、これはこれは大変失礼しました。ささ、どうぞこちらへ」
奴隷商人は袋の中に入った金貨を確認した後、ころっと態度を変える。
僕は奴隷商人に案内され、奴隷たちが収容された地下牢までやってきた。
地下牢の壁には松明が燃えており、鉄格子越しからはいくつもの視線を感じる。
僕が女の奴隷を探していると言わなかったせいか、牢屋の中に入れられているのはいかつそうな種族ばかりだ。
隻眼の狼獣人に羽が生えたリザードマン、筋肉エルフ、オーガ、ゴーレム、ディープワン、それから……。
「イースの大いなる種族でありマースッ!」なんかよくわからないやつ。
すごく大きくて虹色の鱗を持ち、触手みたいなのが四本生えている。どうしてあれが人の言葉を話せるのか、まったくもって理解に苦しむよ……。
「……もうちょっと可愛い奴隷いないの?」
「これはこれは失礼しました。労働力ではなく性奴隷をお求めでしたか! それならこの奥になります」
「いや、そうなんだけどさ……」
そうやって他人に直接明言されると恥ずかしいというかなんというか…………。
まあいい。安くてかわいい子を探そう。
安くてかわいい子安くてかわいい子……。
ふと、牢屋越しに異様な気配を感じ取る。思わず気配のした方へ目をやると、そこには褐色の肌にぼろぼろの布切れを身にまとい、ぼさぼさの髪をしたドワーフの女の子が居た。汚れて黒ずんでいるが、本来の髪色はおそらく白だろう。
「ちょっと止まって」
「はい? どうしました?」
この子は……なんか安そうだし、身なりを整えてやればおそらくかわいくなるんじゃないだろうか……?
「……この奴隷は?」
僕はドワーフの奴隷が入れられた檻の前で立ち止まる。
「ああ、そいつですか」
僕の問いかけに対し、商人は厄介そうな顔をした。
「粗野で粗暴で礼儀知らず、病気もちでおまけに――こ、こほん。とにかく、あまりいい奴隷ではありませんね」
商人が商品を悪く言うなよ……。奴隷商人としての誇りはないのか。
「……値段は?」
「ほう、こちらの奴隷をお求めですか? しかしいささか――」
「今日は手持ちが少ないからね。安ければすぐにでも買うよ」
「そうですか。それでは一万ドロンになりますが……」
「え?」
奴隷ってそんな安いの? 最低でも五万くらいは持っていかれるかと思ってたんだけど。もしかして僕って常識ない……? いや違うな。この奴隷が特別安いのだ。
「いかがいたしますか?」
商人は両手をすり合わせながら僕に問いかけてくる。
「少し考えさせて」
確かこの奴隷商人、病がどうのこうのと言ってたな。
「この子がかかってる病気っていうのは不治の病とかそういうやつ?」
「私めも医者ではないので詳しいことはわかりかねますが、おそらくただの風邪かと。ドワーフどもは病気にかかりにくいですからな」
それなのに病気持ちということは、よほど衰弱しているということだろう。‥‥まあ見ればそのくらいわかるけど。
僕には手持ちに今までの迷宮探策で手に入れた貴重な薬がたくさんある。
薬は全部売って一万くらいなので、結果的に一万で奴隷を買って薬で治療すれば、五万の奴隷を買うより安上がりである。……たぶん。
「わかった。この奴隷を買う」
「……かしこまりました」
奴隷商人は一瞬驚いたような顔をしたが、その後にやりとほくそ笑んだ。おそらく厄介払いができたと喜んでいるのだろう。
奴隷を選び終わった僕は、地下牢を後に――。
「私を買って欲しいでありマースッ! 精神を交換しまショー! この世界は今、重大な危機に瀕しているのでありマースッ!」
鉄格子をガシャガシャと動かして叫んでいる謎の存在は無視する。
こうして地下牢から出た僕は、商館の応接間に通され、契約書を渡された。
「それでは、奴隷の首輪にあなたの情報を記録するため、こちらの契約書に血判をお願いします」
「首輪……? 血判……?」
「はい、奴隷の首輪には『血の盟約を交した主人の命令に従え』という呪言が組み込まれています。つまり、あなた様の血がないと、奴隷に言うことを聞かせられないのです」
奴隷商人は、話し終わると僕の前にナイフを差し出した。……これで指を切って血を出さないといけないのか。
いやだな……。
「…………っ」
僕は恐る恐る指を傷つけ、契約書に血判を押した。
「ありがとうございます。――こちらがお買い上げいただいた奴隷でございます」
奴隷商人は、先ほどのドワーフの女の子を連れてきて言った。
女の子は怯えた目つきで僕のことを見ている。
「女とはいえドワーフです。並々ならぬ怪力の持ち主ですのでお気を付けを」
僕に奴隷の少女を引き渡す際、商人が言った。
「え、怪力なの……?」
「はい、怪力でございます」
「…………」
か弱そうな子選んだのに、力関係的に僕が負けてるじゃん。
…………まあ、なんでもいいや。
僕は奴隷を連れて外へ出た。
「まいどありー」
奴隷商人らしからぬ挨拶。せめて「くくく、今後ともごひいきに」とか言えばいいのに。もう来ないけど。
買ってから思い出したんだけど、奴隷は病気の治療をしてあげたり、良い服を買ってやったりすると好感度が上がって言うことを聞くようになると昔読んだ本に書いてあった。
なぜなら、奴隷はただでさえ低い境遇にいるため、普通の扱いをしてくれる主人というのはかなりの当たりだからである。
つまり、安くてひどい扱いを受けている奴隷の方が、簡単に好感度が稼げるのだ。無意識のうちに最良の選択をするとは……やはり僕は天才だな。
役立たずなんかじゃない。
「くくッ、くくくッ、ふははははっ!」
奴隷を買い上げた僕は高らかに笑った。
それと同時に、なんだかみじめな気持ちになった。
僕はこぼれ落ちた涙をこっそりとぬぐい、奴隷少女の方へ向き直る。
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