4話 幻術

「いっつも……」

「あ? なんだよ?」


 僕のつぶやきに対し、クレイグが威圧するような口調でそう言った。


「いつもいつもいっつもいっつもそうだ! 僕はみんなのために最善を尽くしているのに誰も僕の言うことなんか聞いちゃくれない! 孤児院にいたころはそんなことなかったじゃないか!」

「なに逆切れしてんだてめぇ?」

「荷物持ちも地図も安全確保も! 罠の解除も鍵開けも斥候も魔力付与エンチャントもッ! 全部僕がやってる! ぜんぶぜんぶぜんぶだ! 体格とか力とか人種ヒューマンと比べて劣ってるのはわかってるよ! だから、それを補うためにパーティのサポートを全力でやってきた! なのに……なのにどうして僕の話を聞こうとすらしてくれないんだよぉっ!」


 目に涙がにじむ。突然怒鳴った僕に驚いたのか、みんな何も言わない。


 ただ、理解できないものを見るような目で見つめてくるだけだ。


「ああ、そうか……僕が……僕がハーフリングだからいけないんだろっ! なあ、そうなんだろっ!? ならはっきりとそうやって――」


 乾いた音が迷宮内にこだまする。――ミラが、なんだかんだ言いつつ、いつも僕の味方をしてくれていたミラが僕をはたいた。


 頬がひりひりする。クレイグに殴られるより全然痛くないはずなのに、それでもひどく嫌で悲しい気分になった。


「いい加減にして……!」

「ミ……ラ……?」

「私……罠の解除とか地図書くことならできるし、敵に警戒するのはクレイグがやれる、魔力付与とかのサポートも魔術師のエリィがやった方が良いと思う」

「そんな…………」

「やっぱり……ロロは足手まといだよ。ハーフリングだからとか、そんなことじゃなくて、単純にロロの能力がたりてないの」

「本気で……言ってるの……?」


 うなずくミラ。その目からは僕に対する怒りが読み取れる。


「それに迷宮の中で馬鹿みたいに叫ばないで……魔物に見つかって襲われる」

「あ…………うぅ……」


 確かにその通りだ。こんな時に限って――僕を責めるときに限って、いつもは言わない正論を言ってくる。閉口する僕にエリィがさらに追い討ちをかけてきた。


「みっともないから泣かないでよ。――言っとくけど、あんたの代わりにエルフの狩人が新しく入るって決まってんの。わかる?」

「…………?」

「あたしらは種族なんかで差別したりはしない。ただ実力主義ってだけ」

「実力……主義……?」


 エリィは僕に近づいてきて耳許で囁いた。


「あとさ、あんたミラのことが好きみたいだけど、ミラはクレイグとよろしくやってるからさ。諦めな。……クレイグだけじゃない。あたしも、ミラもいい加減、役立たずのくせにキーキーうっさいあんたのことが邪魔なの」

「………………あぁ……」

「あれあれ? ショックだった?」


 エリィは青ざめる僕を見て楽しそうに笑う。


「ごめんねロロ。私も、いい加減我慢の限界なの」


 ――ミラは……ミラまで……僕のことをずっと足手まといだと思っていたのか。


 その時、僕の中で必死に守ってきたものが、がらがらと音を立てて崩れ去った。わずかに残っていたみんなへの期待だとか、親愛の情だとか、かすかに抱いていたミラに対する恋心だとか、孤児院での思い出だとか、そういった色々な感情が混じったもの。


 僕がこのパーティに留まろうとする理由の大半を占めていたもの。結局、僕はこのパーティの誰にも必要とされていなかったらしい。


 ――親がいない僕にとって居場所はここだけだったんだけどな。


 絶望に打ちひしがれたその時、通路の向こう側からうめき声のようなものが聞こえてきた。


「なに? 何の声?」


 突然のことに、エリィは周囲をきょろきょろと見回す。


 ――魔物だ。僕は不意に色濃い魔物の気配を感じた。それも一匹や二匹じゃない。たくさんいる。


「――――魔物が来る!」


 僕はみんなに向かって叫んだ。


 その声に反応し、皆が一斉に武器を構える。クレイグは長剣を抜き、エリィは杖を両手に構え、ミラは槍を持ち直した。


 僕も二対の短剣を腰から引き抜いて身をかがめる。


「どこだ、どの通路から来やがる! さっさと見つけろ!」


 クレイグが怒鳴った。


 言われなくてもやっている。僕は神経を研ぎ澄ませ、魔物の居る場所を探る。


 うめき声に加え、かすかに死臭が漂ってきた。


 思わず顔をしかめ、吐きそうになるが、ぐっとこらえる。


 予想より数が多い。


「に、二十体くらいいる! ――逃げたほうがいい!」

「ったく、いきなりどうなってんのよ!」


 エリィが腹立たし気に舌打ちをする。


「どこだ! どっちへ逃げればいいんだよッ! さっさとしろッ!」


 そう言いながら僕へ詰め寄るクレイグ。

 そんなこと、僕だってわかってる。――けど。


「そんな……」


 どうしようもなかった。


「てめぇ一人で納得してんじゃねぇ、さっさと説明しやがれ!」

「――囲まれてる。もと来た道も、ほかの三方向も、魔物で一杯だ……!」


 僕がそう言い終わったと同時に、通路の先の暗闇から、内臓を露出させながら這いずり回る人型の魔物の大群が姿を現した。


 ――屍食鬼グールだ。


「いやあああああっ!」


 ミラは悲鳴を上げる。


「クソ、てめぇが余計なことしたせいだぞ!」


 僕はがくりとうなだれた。


 確かにその通りだ。


 一時の激情に身を任せてしまったせいで皆を危険にさらしてしまった。


 ――やっぱり、僕は冒険者に向いてないのかな。やっぱり、足手まといだったのかな。


 ……いや、まだだ。今はそんなことを考えている場合じゃない。


「……目の前の通路を真っすぐ走り抜ければ幻術で入口まで戻される。たぶん、皆助かると思う」

「それを早く言いなさいよ!」

「それならさっさと行くぜ!」


 僕たちは目の前の屍食鬼グールの大群へ向けて走り出した。


「――――ッ!」


 しかし、魔物が目前に迫ったところで足に激痛が走り、僕は勢いよく床に倒れこむ。


 何が何だかわからず顔を上げると、クレイグの持つ剣から血が滴り落ちていた。


「悪いなロロ。だが、もとはと言えばお前のせいだ。責任は取れ」

「…………え?」


 屍食鬼グールたちは血の匂いにつられ、走って逃げる皆の脇を通り抜けて、倒れている僕の方へ近づいてくる。


「あ……そんな……」


 右足からは大量に血が流れて、動かすことができない。


 どうやら腱を切られてしまったらしい。


「あははははは! 傑作ね!」


 エリィは僕の方を一度だけ振り返って高らかに笑う。


「だろう?」

「クレイグ……! なんてことを……!」

「じゃあお前が助けるか? ミラ?」

「そ、それは……」


 ミラは僕の方を見る。


「た、助け……て……」

「……ごめん。ロロ」


 それっきり、ミラは振り返らずに通路の暗闇へ消えた。


「あ、あぁ……」


 不快な感触。


 僕は大量のグールにまとわりつかれた。


「やだ……はなれろ……うぅ、うわあああああああああああああああ!」


 僕はめちゃくちゃに短剣を振り回す。


 しかし、どれも空を切るばかりだった。


 それどころか、僕の体にまとわりついた屍食鬼グール達も、何もせずに次々と姿を消していく。


 そう、あの魔物の大群すら幻術だったのだ。


「もうやだ……もういやだよぉ……」


 僕は泣きながら床を這って迷宮の外へ出た。


 味方同士を疑心暗鬼に陥らせ裏切らせる。――それがこの迷宮の本質だったのだ。


 強固な信頼関係が築かれたパーティか、単独で最強の冒険者でなければ、この迷宮を攻略することなんてはなから不可能だ。


 結果的に、僕はこの悪趣味な迷宮の罠にまんまと嵌められたことになる。 

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