3話 迷宮探索

 翌日、僕たちは宿屋を出発し、予定通り、新しく発見された迷宮へ来ていた。


 今回探索する迷宮は、森の中にひっそりと佇む、全体の半分以上が地中に埋まった巨大な遺跡。


 白金プラチナの冒険者へ昇格するための条件は、まだだれも内部を探索していないこの迷宮に踏み入って調査し、地下へと通じる階段を見つけ出すことだ。


 迷宮とは、文字通り内部が複雑に入り組んでいて、危険な魔物が住み着いている場所の呼び名だ。


 この国で定期的に発生する地殻変動と正気が原因で新しい迷宮が出現するんだけど、詳しいことはよくわかっていない。


 地下から出土した古代文明の遺跡だとか、異世界から転移してきた遺物だとかいろいろ言われてるけど、どれも噂の域を出ない。


 つまるところ、迷宮とは一体何なのか、その問いに対する答えは「よくわからない」ということになる。身も蓋もないけど……。


 そんなよくわからない場所に踏み込むのだから、冒険者は非常に危険な仕事だ。それでも、新しい場所を発見したり、魔物を倒して金銀財宝を持ち帰ったりと、夢のある仕事でもある。


 だから僕はずっと冒険者を続けていきたのだ。


――少なくとも、今日までは。


「ま、見たところ大した脅威はなさそうだし、さっさと終わらせちまおうぜ。それで晴れてこのパーティは白金プラチナに昇格。こんなやつともおさらばだ」

「…………」


 僕はクレイグの露骨な挑発に対して、何の反応もしなかった。何を言ったところで意味がないことくらい十分に理解している。


「クレイグ!」


 ミラが諫めるように言った。


「けっ、わかったよ」


 パーティ全体に険悪な雰囲気が漂う。僕がいないときはみんな楽しそうなのに。


「ほら、あんた役立たずなんだから、さっさと先頭に立って中の様子を見てきなよ」


 エリィが僕の背中を押す。……言われなくてもそのつもりだ。僕は、何も書かれていない羊皮紙を取り出し、遺跡の中へ踏み込んだ。


 どうやら、しばらく一本道みたいだ。魔物や罠も特に見つからない。やがて一本道が終わり、三方向に枝分かれした道へたどり着いたところで、僕は迷宮の入口へ引き返した。


「入り口周辺は安全そうだよ」

「よし、行こうぜ」


 それを聞いたクレイグが皆に呼びかける。エリィとミラはこくりと頷くと、クレイグの後に続いて迷宮の内部へと踏み込んでいった。


「…………」


――昔は何かしら感謝の言葉をかけてくれてたんだけどな。


 僕は一瞬悲しくなったが、気を取り直して皆の後ろから付いていく。


 魔物からの奇襲を警戒するため、斥候をするとき以外はいつも最後尾にいるのだ。


 だけど、この迷宮はとても静かで魔物の気配すら感じないから不気味で少し怖い。


「この調子なら早く終わらせて帰れそーね」


 エリィは緊張感なくそう言って大きなあくびをする。


「全然魔物の気配がしないなんておかしいよ。気を引き締めて進まないと――」

「うっさい。あんたには話しかけてないわ」


 僕をにらみつけるエリィ。


「ロロ、皆の不安をあおるようなこと言わないで」とミラ。

「……ごめん」


 僕はうつむいてそれ以上何も言わずに地図を見つめた。


――それでも、やっぱりこの迷宮はおかしい。


 真っすぐ進んでも、左に曲がっても、右に曲がっても、また同じように三つに枝分かれした通路が出現する。おまけに、通路全体からかすかに魔力のようなものを感じるのだ。


 しばらく歩いて、ようやく僕は気が付く。


「これ、幻術だ……」

「どういう意味だ?」


 僕のつぶやきに対し、クレイグが問いかける。


「三つに枝分かれしている道のうち、正しい道を選んで通らないと、最初の枝分かれのところに戻されるみたいだ。仮に正しい道を選べたとしても、その先も同じように三つに分かれているからやみくもに進むだけじゃ突破は――」

「知るか。ごたごた言わずにさっさと進め。地図の作成と道案内はお前の仕事だろ」

「…………」


 ――そっちが聞いてきたくせに。


 僕は床を短剣で引っ掻いて、簡単な印をつける。仮にまたここへ戻されたとしても、これを見ればわかるだろう。


 準備を澄ませた後、皆の先頭に立って探索を再開した。


 三本に分かれた道を右に曲がり、今度はまっすぐ進むと、先ほど付けた印に出くわす。


 どうやら失敗してしまったらしい。これはなかなか骨が折れそうだ。


 今度は同様に、最初の道を右に曲がった後、次の分かれ道を左に曲がる、すると先ほどとは違い自分のつけた印には出くわさなかった。


 ――いい調子だ。


 僕は次に出てきた分かれ道を今度はまっすぐ進む。


 すると、結局もと居た場所へ戻ってきてしまった。


「…………」


 泣きそう。


 しばらく、僕が正しい道順を探りながら歩いていると、ふいにエリィが話しかけてきた。


「ねー、あんたさっきから同じ場所ばかり回ってない?」


 ……また同じ説明をしなきゃいけないのか。僕は少しうんざりしながら答える。


「だから幻術が――」

「なんだとてめぇ! 地図見せてみろ!」


 僕が説明している途中で、クレイグがものすごい剣幕で僕の地図を取り上げた。


「おいおい、なんだこれ! 何回も書き直してるじゃねぇか! おまけに、バツ印ばっかでろくに地図が完成してないじゃねぇか!」

 「バツ印が付いているとこは外れの道。さっきも言ったけど、通路自体に幻術がかかってるみたい。だから正確に地図を作成するのは――」

「はぁ!? てめぇ適当に地図書いてたのか!?」


 クレイグの額に青筋が浮き上がる。


「いや……何度も言うようにそういうことじゃなくて――」

「ふざけるな! てめぇはどんだけ俺たちの足を引っ張れば気が済むんだよ!」


――またこれだ。僕の話なんてまるで聞いちゃくれない。ただでさえ厄介な幻術に頭を悩ませているというのに。


「あんたさ、ほんと最悪だよね。地図すらちゃんと書けないわけ?」


 エリィが言った。


「ロロ……それはだめだよ……どうしてそんなことするの?」


 ミラがそれに続く。


「雑用すらできねぇのかお前は!」「はぁ……まじで能無し」「なんでロロは頑張れないの?」「これで最後だからって手ぇ抜いてんじゃねえのか?」「早くちゃんと地図書けよ」「とにかく謝りなよ……ロロ」


 僕は三人に詰め寄られ、叱責される。もはや何を言われているのか頭に入ってこない。


――もう限界だ。

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