2話 宿屋と馬小屋
「おいてめぇ!」
宿屋の一室で、明日の迷宮探索のため、準備を整えていた僕の耳に、聞きなれた怒鳴り声が飛び込んでくる。
またクレイグだ。
「なにかな……?」
僕はゆっくりとクレイグの方へ振り向き問いかける。
「俺たちのパーティも明日で
にやにやと笑みを浮かべながら話すクレイグ。依頼で調査する迷宮は新しく発見された、いわば前人未到の領域だ。
それなのに、クレイグはもう依頼を達成した気でいる。
どうしてそこまで自信が持てるのだろうか。それとも、僕に自信がなさすぎるのかな……?
「……依頼を達成できれば……の話だけどね」
僕はそう答えた。
「だからよ、お前とは明日でおさらばだ」
「――え?」
突然のことに、僕は一瞬言われたことを意味を理解できなかった。
「どういう……こと……?」
「どうもこうもねえよ。お前は
「ま、待ってよ! 僕たち、右も左もわからないような新米冒険者だった頃からずっと誰一人欠けることなくここまでやってきたじゃないか! なのにどうしてこんな大事な時にそんな――」
「大事な時だからこそ、だ」
クレイグは、きっぱりと僕にそう言い放つ。
「そんな……急に言われて納得いくわけないだろ!」
僕は必死にクレイグに対して抗議する。
「あんただけろくに戦いもしないくせに、生意気なこと言うんじゃないわよ」
なんとなく予想はついていたが、エリィまでクレイグの肩を持つらしい。
「それは……確かにみんなと比べたら戦いは苦手だけど、その分みんなの危険を減らすために毎回入念に物資の準備をしてるし、迷宮探索の時はなるべく魔物と遭遇しない道を選んでるんだよ!?」
「きーきーうっさいわね! あんたは毎回そればっかり。やってることはどれも雑用レベルでしかないくせに自惚れるんじゃないわよ!」
僕の言葉に対し、そう吐き捨てるエリィ。
「どうして……わかってくれないんだよ……!」
迷宮探索において、一番重要なのは持ち込む物資をおしまないこと、次に重要なのが極力魔物との戦闘を避けること。この二つを徹底するだけでパーティの生還率は大幅に上がる。
自惚れなんかじゃなく、このパーティにとって僕は必要な存在だ。……必要な存在のはずなんだ。
「みんなもうやめて!」
その時、ミラが言い争う僕たちの間に割って入った。
「明日は大切な日なのよ? 言い争いなんかしてる場合じゃないわ!」
「ミラ……」
「クレイグも、エリィもロロも、みんなもうやめてよ! 私たち……四人で一緒に頑張るって……約束したじゃない!」
ミラの一言で、クレイグもエリィもそれ以上何か言ってくることはなくなった。
――なんか、疲れたな。
僕は黙って立ち上がり、部屋を出ていく。
イライラしていたのもあるけど、単純にみんなと同じ部屋で寝ることが許されていないからだ。
僕の寝床はいつも宿屋の外にある馬小屋。
そんな場所で寝ているからきっといつまでたっても体が成長しないんだ……。
僕は閉めた扉に寄りかかって、深くため息をついた。
――これからどうすればいいんだろうか。扉に頭をつけて考えるが、疲れ切った頭で答えを出すことはできない。
僕は部屋の扉から離れ、宿屋の階段を下ろうとする。
「……ロロ」
するとその時、誰かに呼び止められた。
振り返るとミラがみんなの部屋から顔をのぞかせている。
「…………なに」
ミラは僕の問いかけにはすぐに答えず、部屋から出てきて僕の後ろの壁にもたれかかった。
久しぶりに見るミラの寝間着姿。どこか色っぽさを感じさせる。
「クレイグの話、本気にしちゃだめだよ。きっと二人とも大事な時だから気がたっているの」
「…………」
「それに、明日の探索で成果を出せばきっとロロのこと認めてくれるわ」
「成果……ね……」
ミラは僕へ向けてにっこりとほほ笑む。
「明日……頑張ってね。応援してる!」
少しまぶしい。
「……う、うん……わかった……がんばる」
そんなこんなで、僕はどこか納得できない気持ちを抱えながらも、ミラから多少の元気と希望をもらい、宿屋の外の馬小屋で眠りについた。
この時、ミラはすでにクレイグと肉体関係にまで発展しているとも知らずに。
……我ながら哀れなものである。おそらく、この時ミラは一晩かけてクレイグに、僕をパーティから外すことに納得するよう説得されたのだろう。
くそぅ……。僕の純情を返せ! 返せよっ! このぉ!
…………失礼、回想中であるというのに取り乱してしまった。
そんなこんなで翌日。いよいよ、僕にとっての運命の日がやってくる。
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