第2話 関係

「ああ……!いい、それ、いいの……。あっ!」


 ほとんど、自暴自棄だった。どうにでもなれと、どうにかなってしまえと、ただ目の前の女体を貪った。

 その時の興奮は、異常だった。かつて恋焦がれた女性の裸体を好き勝手にしているというだけで、頭がクラクラとした。

 そんな俺に負けじと、彼女も俺にしがみついてひたすら快楽を貪った。


 どれだけしていたのかわからない。何度達したのかも、ちゃんとゴムをしていたのかも定かではない。

 俺達は、愉悦と快楽の海に溺れていった───。


「もうお昼ね」


「……………」


 ホテルを出ると、いやに寒い空気が肌を撫でた。昨日までの賑わいは消え失せ、街はシンと静まり返っている。

 そこでひとつの着信が鳴った。彼女のバッグからだった。


「あ、もしもし?……うん、友達の家に泊まっちゃって……。え?いや、ないない。あなたみたいな素敵な人が居て、浮気なんてしないよ。……うん……うん。わかった。じゃあ、待ってるね」


 彼女はスマホをしまうと、こちらへひらりと振り返る。


「……ひいた?」


 不安げに瞳を揺らす彼女から、俺は視線を外した。


「俺も、人のこと言えねーから」


「そっか。……また、会ってくれる?」


 やめといた方がいい。お互いのために。その一言が言えれば、俺はまだ戻れたのかもしれない。


「基本暇だから、好きな時に電話かけてきて」


「ありがと。じゃあ、またね」


 彼女の小さな後ろ姿を見送る。そして、俺は反対方向へと足を進めた。






♢♢♢






 ───寂しい。ようするに、そういう事だ。彼が忙しいせいでデートはおろかセックスもろくにできていない。

 一緒に居る時間自体が少なく、満たされない日々が続く。すると、女性は他の異性で孤独を埋めようとする。


 その異性が、俺だったというだけだ。大学生ということで暇な時間が多くて都合がいいし、遊び人っぽいから軽い気持ちでいられるし、恋人もいないから余計な恨みも買わない。

 都合がいい。利用するには丁度いい。だから、俺は選ばれたんだ。


 その事実に気づいて、その上で俺は、彼女と一緒にいることを望んだ。彼女との繋がりを求めて、空いた心の穴を埋めるフリをしていた。


 体を重ねる度に、虚しさだけが募っていく。たまに一緒に出かけたりもしたが、そこに甘く幸せな雰囲気などありはしない。あくまで、時間と孤独を潰すための行為の一つに過ぎなかった。


 その心に触れることはできない。その愛をこちらに向けてくることはない。その居場所を俺の部屋に置いてくれるわけではない。


 辛くて、苦しい。こんなに近くにいるのに、どこまでも遠い。掴もうと思って掴めるものでは、ないのだ───。


 そんな空虚な日々が続き、気づけばクリスマスになっていた。

 俺はバイトのために街へとくり出す。冷え込む外気に生ぬるい息を吐き戻しながら、とぼとぼと歩みを進める。


 イルミネーションの光が街を包む中、腕を組みながら歩くカップルがちらほらといる。笑顔を交わし、幸福なオーラを垂れ流す。誰もが、満たされていると言葉なしに告げている。


「…………チッ」


 知らぬうちに舌打ちをかましていた。だっせえな、俺。

 と、一人道を歩いていると───。


「綺麗だね、イルミネーション!」


「ああ。そうだね」


 聞きなれた声と、聞きなれない声が会話を紡いでいた。ふとそちらに視線を向けると、そこには彼女と、メガネをかけた中肉中背の男が並んで歩いていた。


 思わず身を隠す。あれはもしかして、夫か……?


 俺は建物の影からチラリと二人の様子を見守る。


「今日は時間を作ってくれてありがとね」


「いやいや。いつも寂しい想いをさせてしまっているからね。こんな日ぐらい、ゆっくり一緒にいたいさ」


「ふふ、嬉しい」


 ───そこには、乙女がいた。恋焦がれ、愛しさに溢れ、恋人を尊ぶ乙女だ。

 心底幸せそうに、男の腕に自分の腕を絡ませ、はしゃぎながら光源の中を進む。


 あんな顔、俺の前で一度も見せたことが無かった。動悸が激しくなり、肺に取り込まれる空気が痛い。


 なんで、俺じゃないんだ。あそこにいるべきなのは、俺じゃないのか……?


 ……違う。俺は所詮、セフレだ。セフレの形にも色々あるが、これはただ彼女の寂しさを埋めるためだけの関係だ。

 これ以上、進むことはできないだろう。もどかしい。気がおかしくなりそうだ。


 求めて、求めて、求めて。手に入るのは彼女との限られた時間と快楽だけ。そこに想いはない。

 想いを持っているのは、あの夫だ。決して、俺ではない。


「………………」


 真白の息を吐き散らし、俺はあの二人に背を向けた。そして、現実から、事実から逃げるように、そこから足早に立ち去った。

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