セフレに恋をしてはならない

@root0

第1話 再会

「はあ……はあ……は、ああ……」


 互いの温度を共有し、一心不乱に貪り合う。体を重ね、唇を合わせ、指を絡ませる。


 彼女の白い肌。胸の下にあるホクロ。敏感な体。トーンの高い喘ぎ声。薄く蕩けた瞳。艶やかな黒髪。

 俺には、その全てが愛おしい。愛おしいほど、遠い。

 そんな気持ちを無理やり押さえ込もうとして、俺は彼女の中に欲望を埋めた───。


「飲み物取ってくれる?」


「ああ、うん」


 シャツを羽織りながら、彼女は俺からペットボトルを受け取った。

 中身を飲み干し一息つくと、彼女は悪戯っぽく笑う。


「まさか、あんたとこんな関係になるなんてね」


「…………」




♢♢♢





 彼女は同じ中学の同級生だった。当時から彼女は男子から人気で、恋人が途切れたことはなかった。

 そんな彼女のことを、俺も好きだった。けど、その気持ちを伝えることは出来なかった。臆病で、意気地無しだったから。

 結局、中学の卒業式まで彼女に想いを伝えることはなく、『それなりに喋る男友達』というポジションのまま、別々の進路へと進んだ。その後は連絡なども取らず、自然と疎遠になっていった。

 おそらく、言うほど好きではなかったのだろう。幼い自分の甘くて苦い思い出だと割り切って、俺は新たな恋に向かおうとした。

 しかし、誰と付き合おうと、誰を抱こうとも、自分が満たされることは無かった。


 そんな時、彼女と再会を果たした。成人式の日に行われた同窓会だった。


「久しぶり」


「ああ、久しぶり」


 彼女は一段と綺麗になっていた。ドレスも化粧も似合っていて、男達の視線を釘付けにしていた。


「あれから、5年くらいか。変わってないね」


「まあ、そうだな。強いて言うなら、背が伸びたくらいかな」


「何センチ?」


「……180前後」


「そういう男子って、基本的に180ないんだよ」


「お、お前、そういうこと言うなよ!」


「ふふふ」


 彼女はお淑やかな微笑みを浮かべた。長く会っていなかったのに、昔と同じ調子で喋れていた。なんだが心地よくて、胸が弾む。

 正直、同窓会は彼女と話したいから来たところもあったのだと思う。


 ───だからこそ俺は、目を背けたかった。しかし、触れないわけにもいかなかった。


「……結婚、したんだな」


「あー、うん。そうだよ」


 左手の薬指に煌めく輪っか。彼女はそれをさすりながら、軽い笑みを浮かべた。


「去年の6月にね」


「そっか。おめでとう」


「ありがと」


 俺達ももう20歳。確かに結婚していてもおかしくはない。それはわかっている。しかし、理解はしていても納得はできず、自然と胸が締め付けられた。


「そうだ、二次会どうする?」


「え……?ああ、どうしよう。お前は?」


「そりゃ行くよー」


「旦那はいいのか?」


「……まあ、うん。大丈夫」


 彼女の表情に、一瞬だけ影が差した。なんだ?と問いかける間もなく、彼女はすぐに笑顔を取り戻す。


「だから、一緒に行こ!きっと楽しいよ」


「そう、だな。じゃあ、俺も行くよ」


「やった、それじゃ、また後でね」


 彼女は俺にヒラヒラと手を振ると、他の同級生の元へと歩いていった。


「…………クソ」


 知らず知らずのうちに、俺は拳を強く握っていた。







♢♢♢







 二次会は五人ほどで行った。飲み屋で中学の時の思い出や現在の状況報告などに花を咲かせ、楽しい時を過ごした。


「大丈夫?」


「うーん、飲みすぎた……」


 いい時間になったので解散しようということになり、俺は彼女を支えながら飲み屋を出た。それを見て他の同級生は明るく笑った。


「ほんと飲み過ぎだよー」


「ちゃんと送ってってやれよ」


「そうする」


「人妻に手ぇ出すなよー」


「出さねーわバーカ!」


 そうして、他の同級生三人とは別れ、俺と彼女はゆっくりと夜の繁華街を歩いた。


「ごめんね……。少しはしゃいじゃった」


「いや、別にいいよ」


 飲み屋での彼女はまあまあ高いテンションではしゃいでおり、飲むペースも早かった。そして時折、旦那の愚痴を肴にビールを飲み干していた。

 なんでも相手はIT企業の幹部クラスで、顔も良くて性格も優しいそうだ。しかし仕事が忙しくてあまり家には帰ってこず、寂しい想いをしているのだとか。


「お前の家って、ここからどんくらい?」


「あの四丁目の公園の近く」


「それって、実家だよな」


「うん。旦那の家は遠いし今日は時間が遅いから、実家に泊まる」


「旦那怒んないのか?」


「いいの。たまにはあの人にも寂しい思いをさせてやらないとね」


「仕返しってことね」


「そういうことー。で、あんたは?彼女とかいないの?」


「いないな」


「えー、ほんとにー?」


「ほんとほんと」


「なんか嘘っぽいなー」


 とか言いながら彼女は俺のほっぺをツンツンとつついた。その時、彼女のドレスが少しズレて、豊満な胸の主張が強くなった。

 俺は思わず視線を逸らす。すると、彼女はにんまりと微笑んだ。


「なに?ドキッとしちゃった?」


「……悪い」


「いや、いいけどさ。もしかして、欲求不満?」


「残念ながら間に合ってる。こちとらFラン大学生だからな。時間にもセフレにも困ってない」


「……へー、そうなんだ」


 彼女はそこで一拍置くと、ポツリと呟いた。


「じゃあ、私も仲間に入れてもらおうかな」


「は?」


「……そこ、入ろうよ」


 彼女が指を指したのは、赤い看板の店だった。


「お前、何考えて……!」


「……嫌?」


 彼女は頬を赤らめながら、こてっと首を傾げた。


 彼女から甘い匂いが漂う。接している体から体温が伝わる。綺麗な肌が視線を掴んで離さない。


 こんなの、ダメに決まってる。彼女は今お酒が入って酔っている。それに、恋人どころか、生涯を共にすると誓った夫がいるのだ。


 それなのに、そんなのって───。


「大丈夫。バレないよ」


 彼女の薄い唇から、甘い言葉が紡がれる。それは俺の理性を、簡単に崩していった。


「…………わかった」


 倫理観が絶えず警鐘を鳴らす。しかし、俺の足は止まらない。


 俺は、昔好きだったその子を、ホテルへと連れ込んだのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る