第5話 ドキドキのシチュエーション

 真猫さん家に行くと、少し皆に驚かれた。

 たぶんもう来ないかもと思っていたのかもしれない。

 僕もカフェには行こうとは思っていたけど、来づらかったからね。


 せかせかと、前の様に折りたたみテーブルを真猫さんは、持って来た。


 「いらっしゃい。また来てくれたのね」


 嬉しそうに真猫さんのお母さんが、麦茶を出してくれた。


 「ごゆっくり」


 「あ、はい……」


 僕は、テーブル前の床にぺたんと座った。

 で、真猫さんは前に座るのかと思いきや、僕の横に腰を下ろす。


 「さっきはありがとう」


 「あ、うん。聞こえたからって危険な事はしないでね」


 「………」


 「え? 何?」


 ジーッと僕を真猫さんは見つめて来た。


 「気持ち悪くないの?」


 「え? 何が?」


 「聞いてるよね? 普通じゃ聞こえない声が聞こえるって」


 「あぁ、地獄耳の事?」


 そうだと、こくりと真猫さんは頷く。

 まあ正直、あり得ないとは思ったけど、そういう凄い能力を持つ者も稀にいると思われるわけで……。


 「気持ち悪くはないよ。特技だろそれ。それに真猫さんは、悪い事に使ってないし、むしろ今日みたいにいい事に使っているから」


 「ありがとう。嬉しい」


 とびっきりの笑顔を返された。

 かわいい子の笑顔は罪だ。かわいすぎる!


 「ねえ、猫のひなた撫でる?」


 また上目遣いで聞いて来た。

 なぜそんな聞き方……。


 「うん。その為に来たんだし」


 そう。猫を撫でる為に来たんだ。


 ぱさ……。

 僕が返事を返すと、彼女の姿が急に消えた。制服を残して……。

 え? 何が起きた!?


 驚いて制服を見ていると、もそもそと三毛猫が顔を出した。

 猫のひなただ。


 「あぁ……猫になっただけか驚いた。って、猫!?」


 本当に猫だった!

 って、なぜに目の前で猫になったの?

 前回は、隠していたのに……。


 にゃ~。

 『撫でて』


 「………」


 いやなぜ普通にせがむんだ。

 というか、僕もなぜに彼女を抱き上げ膝の上に乗せる!


 もう今は、撫でる事を堪能しよう!


 僕は、ひなたの喉を撫でた。

 嬉しそうにごろごろと喉を鳴らす。


 真猫さんは、僕を信用出来る人だと思ったのかもしれないけど、こんな事言っても誰も信じないから。

 地獄耳とは訳が違う。


 しかし、本当に猫なんだ。

 今彼女は、は・だ・か……!


 ピタッと僕の手が止まった。

 いやいや、猫だろう。そう猫!


 僕は、そっと彼女を抱っこして、制服の前に下ろした。


 「ふ、服を着ようか。あ、僕、部屋の外に出てるから」


 なんか裸なんだと思ったらいたたまれなくなってきた。


 にゃ~。

 『後ろ向いてて』


 「え!」


 僕がいる部屋で着替えるの?

 そう思いつつも言われた通り、後ろを向いた。

 体育座りで膝を抱える。


 後ろで今、真猫さんが生着替え!

 なんていう、シチュエーションなんだ。


 僕としては、彼女が猫という事より、この状況の方がドキドキだよ。


 「もういいよ」


 振り向くと、真猫さんがいる。


 「撫でる?」


 「え?」


 人間の姿の真猫さんをですか?


 「いやいやいや。君今、猫じゃないだろう」


 「うん? もう飽きた?」


 他の人が聞いたら誤解されるようなセリフを泣きそうな顔で、何言ってるんですか!


 「あのね。ぼ、僕が撫でたいのは猫なの!」


 ちょっとムッとする真猫さんもかわいい。

 じゃなくて、事情を聞かないと。


 「あのさ、なんで急に正体バラしたの?」


 「……気がついていたよね、猫だって」


 「かも的な。でもあり得ないと思っていたから」


 「そんなに驚いてなかったよね? 撫でてくれたし」


 いや驚いているけど、きっと凄すぎて処理しきれていないだけだ。

 まあ、化け猫的な怖さわないし。

 この姿で猫耳でもかわいいかもしれないが。


 「いや違う。そうじゃなくて」


 「うん?」


 「確かに君が猫の時、人間の言葉として聞こえたけどさ……」


 「やっぱりそうなんだ」


 「うん?」


 もしかして、普通は聞こえないものなのか?


 「聞こえるのって僕だけ?」


 「普通の人には、猫の鳴き声にしか聞こえてないみたい」


 「なぜ僕にだけ言葉がわかったの!?」


 「私達の間では、波長が合うって言うんだ」


 それって、真猫さんのお母さんが言っていたセリフ。だとすると、僕に猫だと完全にばれているとわかっている?

 というか、彼女が猫の時に言葉を理解出来るのは、僕側の能力って事?


 すんすん。

 また真猫さんは、僕の腕の臭いを嗅いでいる。

 そして、僕の腕に体を摺り寄せて、顔をすりすり……。


 「うわぁ! 何やってるの! 人間の姿でそれをしない!」


 む、胸が当たるんだってば!


 「また撫でてくれる?」


 「あ、あのね。もう猫の時ね」


 「じゃ猫になる!」


 「わー! 今日はもう終わり!」


 そんなにポンポン猫になったり人間になったり、目の前でしないでよ!


 「え~」


 え~。じゃないから。

 もう腕離して~!

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