EP01-16



 どうしてこうなった? 

 いや、本当は分かっている。誰に問いかける必要なんてない。自分がやった事なのだから。



 『俺』じゃないもう一つの意思が、無意識に存在した魂の檻を食い破って来た。その結果、自分は暴れまわり、それを止める為の犠牲にアオイがなったと。

 リヴァイアサンが表の意思となっている時、アリッサと名乗っている『俺』の意識が消えたわけではなかった。むしろ、その全てを見ていたからこそ、今の状況は認められない。認めてはいけないと『俺』としての根源が悲鳴を上げている。



「アリッサさんは……アリッサさんのままでいて……笑顔でいて……下さい」



 常にオドオドとした態度に、最初は苛立った事もある。

 けれど、あの言葉を最後に自分が貫いた少女にこんな強さがあるなんて知らなった。想像すらしなかった。



 自分の意識が悲鳴を上げ、明確な『俺』にとっての敵であるリヴァイアサンを、その残滓をそのままにしておけば同じことが起こる事を恐れ、完全に喰らい尽くして消し去ろうと決めた。だから……。



 ――喰った。



 喰らう側である上位種の意識を喰らった『俺』の意思と魂は、既に人間の枠を超えているだろう。

 アリッサを製造した狂気の研究者は喜んだだろう。一つの到達点となった存在の誕生に。



 理屈なんてどうでもいい。そんなものは後付けをする事で安心したがる奴らに任せておけばいい。今しなければいけないのはこの状況は食い止める為に、そして命の証である血を流して耐えようとしている彼女を救えるのなら何でもしよう。

 リヴァイアサンの残滓を喰らい尽くした事で、リヴァイアサンとしての知識の融合がされたようだ。自分では知らない知識や――自分の体の使い方が流れ込んでくる。

 余りの情報量に脳が、精神が軋む。



 ――痛みは生きている証だ。



 『俺』が経験が、どこかの誰かの記憶が囁く。

 そうだ、痛いと感じられる程度ならば問題は無い。



 検索。閲覧。統合。整理。目当ての情報が無いと判断するとまた検索。閲覧。統合。整理。それをひたすら繰り返す。

 自分の手の中で命を失おうとしているアオイを助けられる手段を、人の技術では間に合わない治療方法をリヴァイアサンの知識から得る為に。



 

 ――答えは出た。



 これなら確実にアオイを救えるだろう。命だけは。

 その手段を使った場合、アオイという存在が歪むのは確実だろう。だが綺麗事で命は救えない。

 ならば進もう。どの道、『俺』はアオイという少女の全てを背負わなければいけない事をしたのだから。



 深い、深すぎる深呼吸を一つ。

 肺の中にある空気を全て、念入りに吐き出し、自分の右腕を左腕で、勢いよく引きちぎる。



「っ~~~~~」



 痛みに耐え、荒い息を吐きながら、アオイのお腹に空いている大きな穴に自分の右腕を押し込む。余りにも猟奇的な光景で、普通の精神をしている者なら気絶しかねない光景。

 普段のアオイが見ていたら卒倒するかもしれないが、そんな事はお構いなしにアオイの口に『俺』の血を含ませ、無理やり飲ませる。



「これで、後は仕上げだけ」



 すでに冷たくなりつつあるアオイの体を抱きしめる。



 もう二度と離さない。離してなんてやらない。

 死なせてなんかやらない。勝手に死ぬのは許さない。



 一種の告白とも取れる想いが溢れてくるのに驚き、同時に納得する。



(あぁ、そうか。『俺』は人の温もりに飢えてるんだ……)



 自覚してしまえば単純な事、目覚めてからたった二人目の、『俺』の側に居続けてくれた人を失いたくない。

 何も考えず、ただ側にいてくれるだけで安心出来る相手を求める気持ちが溢れ出す。

 


 その想いのままに、自分の魔力をアオイへと流しこんでいく。正確には、腹部に収めた自分の右腕を介して循環させていく。

 右腕が溶けるように形が崩れ、アオイの腹部の穴を完全に埋めつくす。

 切り離した部位を武器に変える要領で、アオイの失われた腹部の代用品にしたのだ。そして、先程無理やり飲ませた血を媒介にして、それが自分の体にとって異物ではないのだと認識させる。



 この作業は、リヴァイアサンの因子を含んだ細胞による浸食と言ったほうが正しいだろう。

 調整を少しでも失敗すれば、アオイの体は数多くの実験体達が辿った末路、溶けて崩壊する恐れもある。

 


 感覚では相当な時間が経ったように感じたが、現実での時間はたった五分程。

 辺りに大量の魔力をまき散らした事と、玉輝(たまき)率いる魔術部門の展開していた結界によって魔力が大気に拡散出来なかった結果、高密度な魔力が白い靄を造り、白い結晶を作り出していた。まるで、雪景色のような光景を見渡して、抱きしめた腕の中から――綺麗だと呟く声が聞こえきた。



「あ、アリッサ、さん」



 朧げな意識、けれど確かにアオイが自分を呼んだ。名前を呼んでくれた。

 誰かに名前を呼んでもらえる小さくてささやかな幸せを噛みしめながら、『俺』は――吾妻征爾あがつませいじは気を失った。


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