EP01-14



 思っていたよりも面倒だ。

 


 そうレンドは心の中で愚痴る。

 アリッサの意識がリヴァイアサン、その残滓に切り替わって早十分。どちらも決定打を欠いている状態のまま戦いが続いている。

 


 こちらが剣一本に対して、向こうは髪の毛を束にして何本も作り出した縦横無尽に動く刃に両腕の爪、それに加えて翼を生やした事で立体機動の能力が追加されている。手数が圧倒的に足りてない。

 その状況で十分も持たせているレンドの技量は確かだが、このままでは体力的な問題で自分が先に潰れるだろうと理解している。



(さて、玉輝たまきさんは結界の強化に回って手が離せないようですし、エギンさんは未だに様子見ですか……。手を貸していただきたのですが。それよりももう一人に期待した方が堅実でしょうか?)


 周囲で見ている誰もが、二人の戦いのレベルの高さに恐れおののき手出しを躊躇っている中、強い意志を宿した視線が向けられている事に気がづいたのはほんの少し前。その意思が何であれ、有効に利用出来る類のものなら大歓迎だ。

 ただし、その視線の主がレンドにとって邪魔になる事をするならば……。



 そんな暗い考えが頭によぎった時、状況が動いた。

 どうやら、リヴァイアサンが膠着状態に対して焦れたようだ。このまま時間を掛ければごり押しで勝てるだろうが、上位者としてプライドが許さないと言ったところだろうか。憤怒に染まった顔でこちらを睨みつけている。



「つまらないプライドは捨てた方が良いと思いますがね」



「ぬかせ、小童!」



 正直、その見下していた相手に一度倒されているという事実を忘れていないか、そう言いたくなる心境にかられるが、口に出す事はしない。

 その余裕が無い。



 これまでばらけさせていた魔力の攻撃、それを急激に収束していく。

 両腕に前に突き出して合わせ、そこに髪の刃、ではなく槍に近い形状へとさらに変化させて腕に纏わせる。手数で倒しきれないのなら一点集中による突破を図るつもりのようだ。



 このまま持久戦が続くよりはレンドにとって好都合であると同時に、受ける手段を絞られた事に腹をくくる事を強要してくる。



 先程、アリッサの魔力の刃を分解した力、それは彼が纏っている蒼の鎧、朝露の鎧の特殊能力だ。

 朝露の鎧の能力は比較的単純で、着用者の魔力収束力を補助して高める事、自分に向かってくる魔力を分解する能力。大気中に散った魔力の再吸収を手伝い、敵の魔力攻撃を分解し、分解して純魔力に変換されたそれを着用者に向けて上乗せ分として収束させる事が出来る。

 大雑把に言ってしまえば、省エネで長時間の戦闘を可能にさせる。

 この能力の欠点は、実体攻撃は防げない事。もちろん、鎧自体の防御力で防げるが、自分に向けられた実態攻撃をやすやすと受けるはずも無い。

 また、レンドは戦闘狂ではあるが、別に痛みに対して喜びを覚えるような趣向は無い。避けられる攻撃は当然のように避けるだろう。



 リヴァイアサンが十分すぎる高度を取り、一直線に突っ込んでくる。

 腕に纏つけた髪の槍と体全体を覆いつくす魔力の槍。魔力の槍自体も常に回転している状態でレンド目掛けて直進する。これは回転式掘削機、ドリルと同じ原理を利用しており、単純に槍で正面から突くよりも圧倒的に貫通力が上がる。



 見た感じ、魔力量だけでも多すぎて朝露の鎧の能力を用いても分解しきれない。また、方向性を持って強固に動く魔力の流れはどんな手段を用いても分解しづらい。魔力密度と収束密度が高すぎる。

 


 鎧の能力では分解どころか威力の弱体も見込めないと判断し、もう一つの防ぐ手段を構える。手の中で半透明な刃を構築している魔剣・レーヴァティンを使う事に決めた。



(レーヴァティンを使うと決めた以上、玉輝たまきさんには周辺被害を押さえる為にも結界を頑張ってもらうしかないですね)

 


 魔剣・レーヴァティン。



 リヴァイアサンを育て、リヴァイアサンを殺した双子の姉が所持していた剣。

 姉はリヴァイアサンとの決着の前にたった一人だけ愛した男とその子供がいた。その子供の末裔こそがレンド・アバスティアだ。

 世界の混乱のどさくさに紛れ、一度は歴史の表舞台から消えてしまったこの魔剣は、レンドより2代前の者が見つけ出して回収していた。正規の血筋の者が持つ魔剣・レーヴァティンは、世界中の武器と比べても規格外な剣。逆に言えば、正当な血筋でなければ真の力を発揮しない芸術品にでも成り下がってしまう剣でもある。



 この剣の能力は複数あるが、この場面でレンドが求めるのは攻撃の威力をひたすらに強化する事。

 


 武器に魔力を通す時の効率は、その武器が造られた時の技術者の技量と素材によって大きく変わる。他の素材で造られた武器よりも圧倒的に高いこの剣は、未だその造った者の存在や素材すら全く不明な武器。一度、レーヴァティンを解析しようとして失敗したフラードが、駄々をこねる子供の様に暴れたのは、技術部門では口にしてはいけない黒歴史とされている。



 更に、この魔剣の柄に嵌め込まれている緑色の丸い宝石が、正統な血筋の使用者から送られてきた魔力を増幅させる機能がある。

 レンドは、この緑色の宝石が何で出来ているか知っている。敢えて口にすることもしないが、この剣をわざわざ『魔』剣と呼び、そうさせている要素だと。それを今、解放する。



「レーヴァティン、第一封印を限定解除」



 小さく呟いた言葉に合わせて、柄の宝石が輝きを増す。

 強すぎる武器に対してよくある話ではあるが、強すぎる魔剣なので普段は五重の封印を掛けてある。暴走させるようなへまをする程レンドの技量が低いわけでは無いが、そうでもしないと一個人の所有に対して口を出し来る相手が多いのも想像に容易いだろう。

 その封印を一つでも解くのは何年ぶりだろうと思う。



 アリッサの体が劇的であったように、魔剣・レーヴァティンの変化もまた劇的だった。

 半透明だった刃に色が、物質の重みが宿る。同時に、リヴァイアサンが目覚めた時のような強い圧力を放ちだす。ただ、無差別にまき散らすのではなく、対峙しているリヴァイアサンにのみ向けられている。



 実体を得た長大な刀身は巨大だった。目測で計ってみても180cm弱ほどある巨大な紫紺の刃。それを下段に構え、上空から襲い掛かってくるリヴァイアサンに向け渾身の魔力を込めて振り上げた。



 刹那、巨大な魔力同士がぶつかり合った事による閃光が辺りを満たし、誰もが目を背ける。

 光が収束した時、決着はついていた。


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