EP01-12
その変化は、あまりにも突然で、劇的すぎる変化だった。
何も知らない赤子でも、鈍感な神経の持ち主であろうと、例外なく感じることが出来る程の変化。
――『格』の違い。
生物としてでなく、存在としての違いを。
その変化がなぜ起きたのか、何が起こるのかを考えるよりも先に、騎士としての本能が刃を下ろしてアリッサの首を斬ろうとするレンドの判断は正しい。
ただ間に合わなかっただけで。
金属同士がぶつかり合う高い音が鳴り響く。
アリッサの体はまったく動いていないにも関わらず剣は弾かれ、そのまま後退を余儀なくされた。
眼の前には金属質に変化した髪によって作られた刃が縦横無尽に襲い掛かってくる。それを冷静に弾き返し続けるが、その斬撃の嵐に終わりはなく、試しに金属質に変化していない部分の髪自体を斬ってもすぐに変わりが生えてくるのできりが無い。
「これは……まさか?」
この事態に思い当たる事は一つ、アリッサが製造される際に使われた遺伝子の暴走だ。
予想された事態の一つであり、最も危険な状態。同時に、レンドとフラードが望んでいた暴走だ。
その予想は、結果的には外れである。
内側に閉じ込められていたものが表側に出てきたのは暴走とは言わない。その現象に対して適切な言葉を選ぶのならば、解放や目覚め。だろうか?
言葉はともかく、アリッサという名前を付けられた少女の体、その中には『俺』以外の存在が奥深くで眠りについていたのだ。その存在の名前は、この世界のだれもが知っている名前。
「第二厄種リヴァイアサンの残滓……やはりいましたか」
「人風情が……またも我を殺すなど許さぬ」
立ち上がったアリッサが、憎しみと怒りが込められて爛々と輝く両目でレンドを正面から見据る。開かれた両目にも変化が起きており、オッドアイだった瞳の色が今は両方とも紫色になっている。
意識せぬ体の行動は、意識よりも本能が勝った瞬間である。
レンドの足がほんの一歩、後ろへと下がっていた。レンド自身、それを自覚した時に心の中で微かな苛立ちを感じたが、実際に眼の前にして感じる圧力はこれまで感じてきたどの圧力と違う。人として耐えられるギリギリの圧力で、、同時に圧し返すのも無意味だと判断して受け流す。
無意味に張り合うだけが戦いではない。
「ふん、緑の髪のその剣……あの女の子孫か。力はあっても知識などが足りない器では苦戦するも当然よな」
瞳に映る人間が忌まわしい記憶を呼び覚ます。
自らの本体を倒した女と姿が被る騎士に溢れ出すのは嫌悪。最も、その嫌悪感が何からきているのか、リヴァイアサンの残滓自体も完全には理解していないだろう。
「だが、我がこのまま戦っても負けよう。貴様はあの女程強くは無いが……不便なこの体に閉じ込められている我でも勝てぬ。ゆえに」
あの女程強くは無い。リヴァイアサンがその部分を口にした時、レンドの顔は怒りではなく喜悦に満ちた顔になった。なんとかに付ける薬は無い、まさにこのことだろう。
彼は常日頃から、自分が最強だと周囲に言われているのが気に入らなかった。今の自分は強い者との戦いを求めて鍛錬し続けた結果でしかなく、まだ自分は満足していないという気持ちの方が遥かに強いのだ。そして、眼の前の存在が本来の状態ならば自分よりも強者であり、自分よりも強者が存在した事を保証してくれた。
(僕はまだ世界に絶望しなくて済みそうだ……。あぁ、嬉しいナァ。そして、何をするのかな?)
アリッサだったモノはゆっくりとした足取りで、三人の実験体が囚われている檻へと近づいていく。
中の少年少女達は、リヴァイアサンが目覚めた時の圧力に負けて気絶していた。それを冷たい目で見つめ、それぞれの体にアリッサの髪が伸びていき接触する。
二度三度、体が跳ねた後に、もはや触手か? と言いたくなるほど自由自在に伸縮と動作する髪が回収された。アリッサの体が軋み上げ、変質した。
今度ばかりは、レンドも目を見張った。
今迄、右腕の一部のみの変質と変化。それに切り離された部位を造り変えるのは見た。だが、四肢の全てが銀色の悪魔のようなモノへと変わり、背中から片側三枚、両翼で六枚の翼が生えていた。
もはや、人ととしての原型を留めているのは顔ぐらいだ。
「ふぅ、やはり人としての肉体などより、こういう造りの肉体の方が馴染む」
笑うその顔はどこまでも悪辣。
一瞬の空白。息を吐き出す音すら耳に届くほどの緊張感で満たされた空間で睨みあう
今回もまた、二人に切っ掛けも言葉も必要無かった。合図も無いに関わらず動き出したのは同時で、人外と騎士の壮絶な戦いが始まった。
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