EP01-11
レンドは、武器を片手に取り構えたアリッサが、何時までも襲い掛かってこない事に疑問を覚える。だが、彼女の悩みをすぐに理解した。
ふっ、貴公子にも見える顔で笑うレンドの綺麗な顔は、さぞや多くの女性を虜に出来るだろう。その裏で抱えている感情は全くもって好意的なモノではないが。
「そうですね……。このままではあまりにも君に不公平でしたね。では、このような内容でどうでしょうか?」
語り掛けてくる口調はとても穏やかな姿勢は崩れない。
だがアリッサは気づいていた。剣を持っている手が、今すぐ斬りかかりたいのを抑え込んでいるせいで震えているのを。
「流石に私も殺されると困るので、私か、ここを監視しているエギンさんがまずいと判断してストップをかけてくれるまで自由に斬りあう。いかがですか?」
それを聞いて、わざわざ隠れて監視しているエギンの事をばらして迄やりたいのか……。少し呆れてしまった。
しかし、提案の内容に文句は無い。少なくとも、外側の視点でのストッパーが存在するのはありがたい。強いて言うならば、檻の中の三人について言及が無かった事だが、楽しみを優先したいレンドの頭の中から消えているだけだろう。
さて、後は返事をするだけなのだが……答えは行動で示す事にした。
「しっ!」
言葉は不要。形だけにしろ事実にしろ。どうせ殺し合うのだから。
左手に持ったナイフで斬る事はせずに、自分の体で隠していた右腕で襲い掛かる。当然、少女の細い腕で殴りつけた所でダメージは皆無。だが、肌質すら変質させた異形の巨腕ならば別だ。
レンドも予想していたのか、一切慌てることなく対応してきた。
鋭いかぎづめを備えた銀色の巨腕。その爪で刺すようなイメージで手刀を繰り出し、それを剣の腹で叩き落そうとするレンド。最悪、斬り落とされるかとも覚悟していた。だが、先ほどの腕の自体の再生に加えて切り離された方は武器として変化させた事から、不用意に斬り落とすと面倒事になると判断したようだ。
それこそがアリッサの想定行動にして理想形。
叩き落す為に降りてきた剣を、そのまま異形の手を一気に開いて握りしめる。ほんの少し、刃を握りこんだことで斬れた痛みがあるが無視する。
そこから更に、少しでも相手のバランスを崩させる為に剣ごとアリッサ側へ引き寄せる。こちらは少女の小さな体、加えて手に持っている武器もナイフと短い。単純にリーチの差を詰めなければ攻撃は当たらない。
それに対してレンドが取ったのは、剣を手放す事。
(まずい、こっちの方がバランスを崩された!)
即座に態勢を整え……いや、もう遅い!
それよりも後ろへ飛ぼうとしたところで、金属質な鎧を付けた膝による蹴りがアリッサの顎へ、まるで導かれたかのように綺麗に決まる。当然だが、そこに容赦加減など欠片も無い。
外から見ると、大人の騎士が年端もいかない少女を一方的に殴っているように見える光景だ。
だが、アリッサは蹴り上げられた勢いと後ろへ飛ぶために込めていた足の力をバック転の要領で利用し、空中で一回転する。自分から衝撃を逃がしていなかったら、この時点で脳震盪を起こして立ち上がる事も出来なかった。
着地はしない。着地するという行為すら、ただの攻撃させる隙にしかならない。
それよりも先に、異形の右腕を地面に突き立てて始点にする。そして始点があれば力点、つまりこの場合は攻撃に使われる打点が存在する。右腕を軸に体を横回転させ、最初に左足での蹴りを仕掛けるが、これも当然のように防がれた。
レンドの左手で足を防がれるのだが、そのまま足首の関節を引っかけレンドの左腕を軸に使って更に回転。うん、我ながら良く回るわ。
「おや……」
レンドの声に初めて緊張が宿る。戦士としての声だ。
軸にされた左腕から力を抜いてはレンドがアリッサの体重で振り回される。かといって力を抜かなければ足を動かせない出来ない状況では、自分の頭の上で回っているアリッサを眺めているしか出来ない。ちなみに、右腕を地面に突き立てて軸にする際に、握りこんでいた剣はレンドから遠い位置へと投げ飛ばしておいた。
未だ空中にいるアリッサが瞬間的に後ろを取った。そして回転の流れのままに下から上へ、ナイフが全く届かない距離で振り上げられる。
だが魔力が使えるのならば、実体ある刃が届くかどうかはこの場合は問題にならない。先程のレンドがやって見せたように、破壊力が伴う魔力の刃が届くのならば。
「え?」
あっけにとられる、それはこんな感じだろうと第三者視点の自分が頭の中で嘆息を付く。
アリッサが生み出した魔力の刃がレンドに届く事は無かった。ほんの一瞬、レンドが身の纏っている蒼い鎧に光が灯り、威力の全てがかき消された。
「防いだ……というよりは魔力そのものを拡散させて無効化した?」
地面に着地した上で、眼の前で起こった事を冷静に分析する。理屈は分からないが分析は正しい。そこにコンマ一秒にも満たない、思考の海に沈むことで体を動かす事を忘れた結果による隙が生まれていなければ満点だったろう。
「隙だらけですよ?」
「……しまっ!?」
振り向き様に、ほんの少しだけ距離を詰めたレンドによる横凪の一閃。振るわれた右手には、何時の間に剣が戻っていた。つまり……。
「ぐ……ごふっ」
胸の辺りを浅く切り裂かれる。
この程度ならすぐに塞ぐ事も出来るし問題は無いと立ち上がろうとして、膝に力が入らないせいで出来なかった。
切り傷の深さが問題では無いし、それによる出血量も当然少ない。だが斬撃と共に体の中へと伝わってきた『何か』が、体内で守る事の出来ない柔らかで無防備な臓器を壊そうと揺さぶりかけてくる。恐らくは魔力を波にする事で振動を体内へ流し込む技。それによって外傷よりも内側の傷を、そして負担を増やす事に特化した技術。また、分かりやすい外傷を治す手段は得ているが、振動などによって痛めた臓器の回復手段までは持っていない。
時間を掛ければ何とかなるだろうが、正しい制御から外れた臓器の挙動は様々な場所に不備をもたらす。
実際、呼吸をするので手一杯で立ち上がる事もままならない状態になっている。
「致命傷……じゃないけど。これはきつ……」
地面に落ちた自分の血を眺めていると、期待外れだな。レンドが小さく呟いたのが聞こえる。
聞こえた声に顔を上げると、既にレンドは眼の前にいた。首に剣を突き立てていて。
(あ……死ぬわ、これ)
――……さぬ
揺れた。
そうとしか思えない何かが、内側にある。
――ゆ……ぬ……
揺れが大きくなる。
押さえるどころか、自分の中で何が揺れているかすら分からない。
――ま……きさ……
目が離せない。
首に突き付けられた剣から。
――……こん……る
内側で揺れていた何かが、その振動で割れかかっている。
漏れ出てくるのは……憎しみ?
――許さぬ
はっきりと聞こえたその言葉を最後に、アリッサの意識が弾き飛ばされた。
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