EP01-10



 来た! そう思った時には自分の右腕が空を舞うのをアリッサは見た。



(……っ)



 悲鳴を上げなかったのは、アリッサに心構えがあったからではない。

 余りの鮮やかさに、斬られた瞬間とその痛みを認識出来なかっただけだ。何より、そんな暇は……無い!


 

 自分の後ろ、気配と魔力の塊が存在する場所へ振り向きざまに左腕を横薙ぎにする。

 手ごたえは……堅い何かを殴った感覚が返ってくる。だが、その成果を確認はする事はしない。意味が無い。例えクリーンヒットしていたとしても、致命傷おろかかすり傷にすらならない。



 それよりも、アリッサの次の行動は地面に落ちた右腕、それを回収する事だ。

 


「切り飛ばされた右腕。それを回収して君は何をするのかな?」



 その言葉を聞いて、アリッサが反射的に顔をしかめる。

 予想通り、レンドが体の何処かを痛めている気配無く、右腕を回収しようとしたアリッサの邪魔をすることもしなかった。ただ騎士らしい綺麗な姿勢でこちらを悠々と見ている。否、あの眼は観察しているが正しい。

 まるで、新しく手に入れたおもちゃがどう動くのか、それを確かめて楽しんでいる子供のような笑顔だ。


 

 かなりの努力して、苛立ちを思考の外へと追い出す。

 これから試す事はアリッサも始めてだ。余計なことに意識を割くのは失敗しかねない。


「こう……するの!」


 

 左手に持った右腕。それに魔力を流し込む。元は自分の体の一部、魔力を流す道のようなモノに再度流し込むのは予想以上に簡単だった。

 そして、一瞬だけ光を放って、変化がすぐに訪れた。 



「変化する肉体の使い方か……ふふっ、武器に仕立て上げるとは思わなかったな」


 

 光が収まった左手にはあったのは、この小さな体でも使いやすいように調節したナイフ。刃の反対側に溝がある、俗にランボータイプとも言われているナイフがそこにあった。

 変換時に消費された魔力量と質量の変化も、自分が想定していたよりは少なかった事に満足を覚える。まぁ、アリッサ個人の心象としては、武器の調達の為だけにわざわざ自分の腕を斬らせて武器を作るのを頻繁にやるのはご免こうむりたいが。



 更にアリッサは、失われた右腕を再生させる事にも成功していた。

 部屋で本を読んでいた時、紙の端で指を切ってしまう。そんな経験は無いだろうか?

 アリッサも例にもれず指を切ったのがきっかけで、ふと自分の体を変化させられるのを思い出した。つまり、魔力を使った細胞活性化による治癒が出来ないか試していたのだ。結果は成功だったわけだが、腕一本丸々生えさせられるかはさすがに不安だった。


 

 左手のナイフを逆手に持ち替えて、ゆっくりと右足を後ろにずらして半身で構える。攻撃する準備は出来たし、魔力による細胞活性化をそのまま身体強化として使える事も実証済み。先程のように抵抗も出来ずに一方的に斬られる、という事も無いはずだ。

 


 だがここでアリッサは迷う。

 どうすれば正解なのか、それが分からないという事に。



 先程の一瞬の攻防、いや攻防にすらなっていない一方的被害を受けたことからも分かる。自分が眼の前の騎士、レンドに勝てる確率はほぼゼロだ。奇襲じみた形でならやれないことは無いかもしれないが、こうも正面から向かい合っての状況では絶対的に不可能だと思える。

 それに万が一勝てたとしても、それはそれでまずい。勝つという事は相手にとっての脅威であることを知らしめるし、万が一殺してしまったら、その後で確実に自分は数の暴力を用いた処刑が下される筈だ。

 かといって、あっさりと負けてしまえば有用性が無い判断されて殺されるか、実験室送りか……。


 

 ――勝ち過ぎず負け過ぎず。

 


 戦いでも戦争でも一番難しい事を求められている状況に、アリッサは今すぐ頭を抱えて叫びたい心境だった。  

 

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