EP01-8
「ふーん、ここは闘技場っぽい作りになってる。それにあれは……」
アオイに連れてこられた場所は、久しぶりに空を見る事が出来る場所。イメージとしてはローマのコロッセオに近い建造物に案内され、舞台の真ん中に立たされる。
アオイは闘技場に入る前にそのまま下がらせた。彼女が無駄に巻き込まれる前に逃がしておくべきだと思ったからだ。
ここでやろうとしている。させられようとしている事が何なのか。思考を巡らせる。
アリッサと何かを戦わせてデータ収集、なんて甘い事であるはずが無いだろう。その程度ならば、一カ月という時間を掛けてまでこんな場所を用意する意味は無い。ならば、わざわざ戦うのに都合の良い場所に連れてきたのか。
だが、アリッサがこの場所に来て一番最初に気にした事。同時に苛立った事はそれではない。
「檻。中には三人の子供が見えるけど。多分、私と同じ何かしらの実験体……。だとすれば」
アリッサが立っている反対側に設置された、サーカス団が所持しているような猛獣用の檻に入れられた子供達。15歳程度の少年が一人、17歳程度の少女が二人がいた。
彼らの見た目は余りにもちぐはぐで、それが自然のモノではないのが一目でわかる。
羽毛が生えてる右腕に対して爬虫類のような鱗の肌をした左腕の少年。左側のみの額から角を生やした少女、最後の一人はエルフ系の人種の少女が素体なのか耳が長く尖っている。だが、その体の白すぎる肌に黒い入れ墨のようなものが複雑に施されている。幾何学的模様なその入れ墨から感じる気配は余り良い類のものではないと判断出来る程に異質で、歪なものが。
そんな中、分かりやすい共通事項が一つあった。三人共、どちらかの瞳が紫色だという事。アリッサと同じように。
「ええ、君が造られていた研究所にいた……。言わば、君のご同輩ですよ」
「……っ! それにしては、私と違ってずいぶんな扱いみたいだけど?」
何時からそこにいたのか、アリッサの後ろに騎士が立っていた。油断していたつもりは無かったが、後ろをあっさりと取られたことに心が跳ねる。この瞬間、この騎士はアリッサを殺そうと思えば殺せたという事なのだから。せめてもの皮肉も通じた様子はない。
ほんの少しだけ後ずさり、大した意味もない距離を取ったのは無意識の行動。
だが距離が開いた分、身長差で認識ずらかった騎士の男性の全体が認識できるようになる。緑色の髪に蒼い鎧。はて、どこかで見た事がある。そんないぶかしげな目で見ていると、その視線の意味に気が付いたように騎士の男性が一礼する。
「失礼しました。私はレンド・アバスティア。暴れていた君の気を失わせた者です」
そこで、視界が赤く染まっていた時の記憶を思い出す。
最後に憐れみですらない。ただただ可哀そうなモノを見る目をしていた騎士を。あれは侮辱すら存在しない。蟻を踏んだ人間が、蟻を踏み殺した事に頭を下げた所でそこに感情は伴わない形だけのそれだ。
(危険だ……)
レンドと名乗った騎士の男を、アリッサはそう評価した。
この男は表を繕う事に長け、裏に異常者の精神を持っている可能性が高い。
何より、アリッサとしてではなく『俺』としての勘が、この男の全てが脅威であると最大限に警鐘を鳴らしている。
「さて、自己紹介も済んだことですし……」
行きますよ? 確認系の言葉でありながら、こちらの同意は欠片も求められていなかった。
正直、アリッサとしてはもう少し会話をする事で情報を引き出したかったのだが、そんなことをさせるつもりが無いのか、それともただ面倒なだけなのか。
半透明な刃の剣を抜き、無駄な動作が一切ない静かな動きでアリッサ……ではなく檻の方へ向けて横凪に払う。
「……この!」
距離だけで言えば、刃が全くと言っていい程に届かない距離があるにもかかわらず振られた刃。
だが、魔力が存在し、魔術によって斬撃を飛ばす技術が当たり前のようにあるこの世界で対象との距離は原則的に関係無い。アリッサが何もしなければ、檻ごと三人の少年少女が両断されるという事だ。
既に移動する事は間に合わず、移動が間に合ってアリッサの体を盾にしても、金属製の檻を両断出来る威力の前には役には立たない。斬られる紙切れが一枚増える程度の障害にしかないだろう。
そんな刹那の思考、アリッサが取った行動は、右手を翳す事。
「へぇ?」
レンドの顔が驚愕に、そして愉悦へと変わる。
魔力を使用して飛ばした視認出来ない斬撃は、同じく魔力によって作られた視認出来ない壁によって阻まれる。
「この一カ月、私が何もしてないとでも思った?」
「そこまでは思っていませんよ。ただ、ぶっつけ本番で魔術を発動させるほどとは思いませんでした」
レンドの言葉に嘘は無い。
この一カ月、アリッサは隔離部屋から一歩たりとも出される事は無かったし、部屋の中は常に監視されていた。故に魔力の扱いを教えた者は誰もいないと知っているし、複雑な魔術の術式構築など出来るはずが無いと思っていた。
そんな予想を裏切って、アリッサは強固な障壁魔術を即座に構築して見せた。それもレンドが剣を振ってから動いたと考えると、熟達した魔術師に匹敵する、もしくは超越するレベルの速度と強度だ。
同時にレンドは。そしてレンド以外の影から見ているエギン、
本来の計画では、自分と同じ研究所で使われていた実験体が危機に晒された時、アリッサがどう動くのかを見る為の行動だった。その結果、実験体が死んだとしても問題無いと意見はまとまっている。
その自体に対して、少なくともレンドとフラードの二名はアリッサが怒る事で暴走してくれることに期待していた。この内容に
人一人の口を賄うだけでも大変な労力であり、今後どのような変化を起こすか分からない実験体を三人も養い続けるだけの余裕は無いのだ。
「君に魔力の使い方、それに魔術を教えてくれる人は居なかった。どうやって覚えたのか聞いても?」
「いやよ、品の無い覗き魔共にでも聞いてみなさい」
アリッサの監視は魔術的・機械的の両方で行われていたし、気づかれないように徹底した隠蔽工作はされている。
だがアリッサの言葉からは、自分を監視していたシステムを完全に把握していたぞと、そう取れる。それが事実ならば、もはや確かめる術は無いし、情報の正誤を問う事は無意味だろう。最悪、ダミーの映像情報を流す位はやっていてもおかしくないと、レンドの中でアリッサの脅威度が大幅に上方修正された。
同時に、レンドの心が期待で染まる。
愉悦。
ただただ愉悦。
レンドの心は震えあがっていた。
研究所内で暴走したアリッサに襲われた時、そんじょそこらの人間や崩壊獣などより、よほど強い相手であったと感じた。事実、このまま長引かせると他への被害が多くなると判断して、本気で気絶させにかかった。
それでもなお、殺さずに捕らえるという難易度の高い戦闘を実行出来るのは、偏にレンドの技量の高さ故だ。
そして今、周りの事を気にせずに戦える状況を整えたのは、レンドが心行くまで戦いたい……等といった騎士らしい高潔さはそこにはなく、ただ単純に殺し合いをしたかった。
――世界最強の騎士、ロードの称号を持つレンドは……騎士のイメージから最も遠い重度の戦闘狂であり、狂戦士だった。
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