EP01-7



「あ、あのぉ……大丈夫ですか?」



「え? あ、あぁ、大丈夫よ」



 上を向いたまま固まっていた時間は五分。どうやら心配をかけてしまったようだ。この一カ月における私の唯一の話し相手を。



 目の前に栗色の髪と同じ色の瞳をしたリス系の獣人の女の子。

 アオイ・シンガイが上目遣いでこちらを見ている。理由は知らないが、彼女はかなりの劣等感の塊のようで、常にびくびくと怯えている。今も自分が何かしたのではないかと怯えているのかもしれない。若干、涙目になっている。



(か、かわ、くぁいい!!)



 ――上目遣いと涙目のコンボはアリッサの心に会心の一撃を与えた!



 鼻血が出ないように上を向き、首の後ろを叩く。

 アオイはリス系の獣人だけあって、年齢は既に17歳となっているにも関わらず身長は142cmと低めだ。顔は美少女や美人と言われるほどではないが、小動物特有のふっくりした感じのほっぺであり、ほんの少しだけ赤みを帯びている。



(多分、玉輝たまきさんの耳と尻尾を見て興奮した辺りの状況を踏まえて選ばれたお目付け役なんだろうけど……。可愛すぎて萌え死ぬわ!)



 それ以外に、もう一つの理由も思い当たるのだが、それを思うと暗い感情のままに暴れたくなるので心の奥底に封じ込める。

 なおアリッサが心の癒しと称して行っている最近のお気に入りは、アオイを一緒のベッドに引きずり込んで、リス特有の少し太くて先が丸まっている彼女の尻尾を抱きしめながら寝る事。どっからどー見ても変態ですね、はい。



 ただ、劣等感の塊と称した事から想像出来る通り、彼女の普段の扱い自体が良くない可能性が高いと思っている。別に、彼女の体に虐待や拷問をされた跡がある、という事は無い。だが、怯えているとしか取れない普段の態度と、自分を明確に求める行為に対する心の壁の低さは異常だ。

 何せ、アオイ個人を求める発言や行動にまるっきり抵抗しない。それどころか最近では喜んで尻尾を差し出している気配がある。

 正直、それが重いとも思わなくもないのだが、だからと言って今以上に面倒な相手を側に付けられるよりはマシだと思い、それ以上は追及しない事にしている。



「あ、あの!」



「うん? どうしたの?」



 何度も言うが、アオイは良くも悪くも臆病者である。

 そのアオイが意を決して顔で大声を出した事に驚き、同時に面倒事の気配を感じ取る。彼女の顔色が蒼白、そう呼べるほどに悪くなっていた。



「み、三日後に、指定の場所にですね、えと、連れてくるように言われてるんですぅ……」



 言葉の最後が尻すぼみになって小さく消えていった。それを聞いたアリッサはやっと動いたか、その思いと同時にアオイに同情する。



 彼女は上の人間が何をするのか。最悪、自分がさせられるのかを知らないだろう。

 振り回される下の人間が、実際の現場で反発心を抱いて予想外の行動をする場合もあるが、彼女の実力を把握していない今、賭けに出る事も自分が宛てにするわけにもいかない。

 少なくとも彼女が可愛いと、何かあった時は守りたいと思える程度には感情移入している。



(はぁ、鋼のように動じない精神力が欲しい。けど、もしそうなったら……。それは人と言えるのかな?)



 意味の無い思考。ただの現実逃避だと、そう分かっていもないものねだりをするのは人の性ね。そうため息を付く。

 


「アオイ、一つだけ言っておくね」



「は、はい」



 改まった形で言ったせいか、答えるアオイの両肩に力が入りすぎている。もう少しリラックスするべきだとは思うが、指摘したところで彼女の性格を考えるれば難しいだろう。



「もし、私に何かあっても決して手を出したらだめ。貴方は貴方の命を大事にするべきなんだから」



 アオイの栗色の瞳が、限界一杯まで驚愕で開かれる。若干、涙目かな?

 それを見て苦笑するアリッサに、アオイは何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。それでいい。無用に巻き込まれて失われていい命でないと思っているからだ。



 その日、アオイを自分の部屋へと強制的に送り返し、久しぶりにアリッサは一人で眠った。

 襲い来るその日、自分が自分でいられる為の心の芯は――未だ無い。


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