EP01-6



 手に持った本を閉じる。

 閉じた本の背表紙にはこう書かれている。



 ――『子供でも分かる世界史 レッツトライ!』



 最初、この本を渡された時に、私は馬鹿にされているのかと本気で小一時間程度悩んだ。

 しかし、それでも暇つぶしにはなるし、この世界の勉強になるならいいかと思い直して読んだ。



「実際、あれから一カ月。ここまで放置されるなんて……」



 アリッサが本を読んでいる理由、それは何も情報集の為だけでない。話し合いがされた日から一カ月経った今なお、今後どうするのかの連絡が無いのだ。しかも、一カ月と称したが三十日前後が一カ月とされていた前世とは違い、この世界では九十日を一カ月として四分割となっている。

 なので、前世の考え方で言えば三カ月も放置されていた事になる。 ちなみに、それぞれ芽吹きの月、新緑の月、熟成の月、白夜の月と名付けられている。



 最初の三日程度は我慢したのだが、それ以上は余りにも暇なので食事を運んできてくれる人に対し、この世界の事を勉強出来る本を寄こせ! と要求したのである。読んだ本は即座に返却し、次を、更にまた次をと要求していたら、アリッサが閉じ込められている隔離部屋に本棚が併設されたのは余談である。

 そのおかげで、この世界の知識は大分増えた。



 始まりの話から。

 年号すらない神話時代、まだ肉体を持つ生物が存在しない、神などと筆頭としたアストラル的なしかいない世界を滅ぼそうとした存在が現れた。その存在を『アーカード』と呼ぶ。その存在が何故世界を滅ぼそうとしたのか、そもそもアーカード自体がどのような起源に基づいて生まれた存在なのかすら資料が全く無いらしい。

 とにかく、アーカードの手によって神々などの存在の8割が消滅、残った2割の存在も何処へ遠い地へと去った。

 


 最後に残った神、マーテルはアーカードによって死んだ者とアーカード自身の死によって生まれたエネルギーを使い、一本の樹を創造した。

 その樹に名前は無く、何も無い虚空の空間に聳え立っていた。次第に、樹の根を覆うように土が、大地が生まれる事で世界が生まれた。ここまでが世界創造期、まごうことなき神話だ。



 そこからは栄枯盛衰、多くの文明が絶えては興る。それをいくつ繰り返したのか……。ある意味では変化の感じさせない、知性を持った生き物が絶えず繰り返す歴史が続く。正直、この辺は語ってもあまり意味を感じないので割愛する。劇的な変化が訪れたのは今からおよそ230年前。



 とある山の頂に隕石が落ちてくる。

 墜落現場に双子の少女が行くと、そこには粉々に砕け散った隕石と、その中心に守られるように存在した銀色の卵。

 双子の少女は、その卵を持ち帰り、孵化させ、それは丁寧に丁寧に育てた。生まれたモノが一体何なのか、誰も何も知らないままに。そして、知ろうとしないままに。



 ある時、卵から孵ったモノが双子の少女が住んでいる街から消えた。焦った少女達が、一生懸命に探しても見つかることは無かった。

 二か月後、それは返って来た。双子の少女が住んでいた街や周辺の山、そこに存在した全ての生き物を喰らって成長した姿で。何より驚いたのは、それが言葉を話せるようになっていた事。

 それは告げる。



「我は大地の王。遍く全ての生命を喰らい、統合し、生み出すものである。我が名は」



 ――リヴァイアサン



 そう名乗ったモノ、リヴァイアサンは双子の少女の片割れ、妹を喰らい、続けざまに姉も喰おうしたが、姉は命からがら逃げる事に成功する。

 以降、姉はどこに行ってもリヴァイアサンに追い掛け回されることとなった。


 

 そして30年後。今から200年前に当たるその時、世界は滅びに瀕していた。

 リヴァイアサンが語った通り、数多の生命の種が喰い尽くされて絶えていった。同時に、リヴァイアサンの手によって新たに生み出された異形の生物が跳梁跋扈する世界へと変貌していく。

 リヴァイアサンに対して反旗を翻した人や組織、国は多く存在した。だが、その全ての努力は徒労に終わり、傷をつける事も出来ず、それどころか、リヴァイアサンが生み出した異形の生物にすら勝てず、多くの命が消えていった。

 更に、リヴァイアサンは大地すらも喰らいはじめ、生き残った存在達は自らの衣食住の全てを賄う事が出来ないほどに追い詰められた。



 そして、終わりは突然にやってきた。

 たった数年、けれど確かに姿を消していた双子の姉。

 彼女が突如、リヴァイアサンの前へと現れ、手に持っていた半透明の刃をした剣であっさりと、本当に今迄の苦労は何だったのかと思わせる程簡単にリヴァイアサンを倒してしまったのだ。



「これで、私も妹の下に行ける」



 少女と言うには既に年を重ねていた彼女は、その言葉を最後に死んだ。彼女の言葉の意味を本当の意味で理解した存在は当時はもちろん、今もいないだろう。だが、その言葉を最後に彼女の体は灰になったかのように崩れ落ちた。後には討伐に使われた剣だけがまるで墓標のように残されていた。

 多くの人が彼女の死を悼み、同時に深く感謝した。

 誰もが願いなされる事の無かったリヴァイアサンの討伐によって、誰もがこれで救われた。そう思った次の瞬間、地震等とは規模が違う世界そのものが大きく震え、全ての生き物の意識は暗闇へと落ちる。



「そして、目覚めてみるとあら不思議。これまで存在しなかった別の世界とめちゃくちゃに融合した新たな世界になっていました、ねぇ」



 次元振動と後に呼ばれる現象で、多くの世界が混ざった事には複数の説がある。



 一つは、単純に次元振動によって世界を隔てる次元の壁が壊れた事。

 もう一つは、元々リヴァイアサンの腹の中に収められていた、つまりリヴァイアサンによって喰われて消えた世界が、リヴァイアサンの崩壊と共に溢れ出したという説。この二つが有力な説として多くの手段で研究されているのだが、人々全体にはそんな余裕は無い。



 次元振動は全ての世界の多くの建物を壊し、当然人も多く死んだ。国を纏める立場についていた人間ほど建物の中にいた為に、これまで民を纏めていた者が真っ先に死んだ。それは既存の国という集合体の維持が不可能になった事と同義だ。その上で、現在で判明しているのが259の世界が融合していたという事実。

 生活様式、文明の発展の度合いに方向性の違い、異種族との出会い。混乱を収め意思を纏めるノウハウを持つ上位役職者の喪失。

 世界に残されていた全ての者に、今迄の生き方では生きていけないと思わせるには十分すぎた。 



 そして現在、新世界歴205年。

 多くの災厄をもたらした存在を厄種と呼称する事が決まり、神話時代の第一厄種アーカード。現代の第二厄種リヴァイアサンと呼ばれ、子供が歴史を習う時の必修項目の一つとなっている。

 また、生活圏の重なりや、今迄存在しなかった異種族との軋轢を避ける為に、大地を四つの区画に分ける事となる。多くの人間が、この基本的な方針、共存ではなく併存を取る事にしたのは正解だと言われている。

 


 機械文明が発展した世界の出身者が纏まっている北東地域 『ディストピア』



 魔術文明が発展した南東地域 『アルハザード』



 獣人などの亜人種が多く住み、森林が多く存在する中央地域 『エリュシオン』



 最後に、リヴァイアサンが生み出した異形の生物、通称『崩壊獣』が占領する西方全域 『パンドラ』



 生活に技術、文明を立て直す為に力を注ぐ各地域。

 それぞれ表向きには、西方からやってくる崩壊獣を駆逐する為に手を取り合っているが、実際には相手が保有する技術奪取や優秀な人材の引き抜きなどの様々な理由で裏表、両方での争いが絶えず続いている。



「何処までいっても縄張り争いよろしく、戦いが起るのは必然、か」



 アリッサ自身のこの体の生まれ方、造られた体を思い、この世界が平和ではない事を嫌というほど痛感している。

 平和とは程遠い物騒な世界に気分が暗くなるのも仕方がないだろう。

 

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