EP01 覚醒 ―目覚め―

EP01-1



 意識が戻る。ゆっくりと目を開き、視線の先に見知らぬ天井が見える。

 1秒ほど眺め、自分が生きている事に驚いた。はっきりしない記憶でも覚えている。少なくない人数の命を奪ったという自覚がある。それだけの事をした上で、自分はどうやら殺されなかったらしい。

 


(体は……動くか。感覚的にどこかが欠損した感じも無い)



 ゆっくりと、体の調子を確認をしながら上半身を起こして周囲を確認する。

 部屋を一周見た感じ、医療器具が並んでいるから医務室なのかと思うがすぐに考えを改める。医務室にしては武骨な壁の作りと対面用の大きな、恐らくは強化ガラスが壁にはめられている事から、捕虜などを収監する為の医療設備が整った隔離部屋だと判断する。



 あれだけ暴れたのだからこの措置は当たり前か、そうため息を付く。

 壁にはデジタル表記の時計らしきものが掛けられており、『俺』としての知識とこの世界の時間の数え方が同じならば、現在の時刻は昼を過ぎて13時ほどを指していた。


 

 そこで、体を起こした分だけ自分の体にかけられていた布がずれ、その衣擦れの音がしたことで『俺』が起きた事に気づいた女性が近づいてくる。起きるまで側で控えていたであろう彼女が医師……などではなく監視だと思う。

 金色の髪を後ろで束ね、女性でありながら黒のスーツをピシッと着こなせるほどの美しい女性。スーツ姿の時点で医師という線は消えるのだが、その腰には刀が二本、装飾などを一切排除した実践仕様の武骨な物が携えられている。

 だが、それ以上に自分の目を引いたのが……。



「うわぁ……もふもふの耳と尻尾だ」



「なっ!?」



 狐耳とその尻尾がその女性にはあった。もふもふは正義、ゆえに見とれてもしょうがないのだ! え、猫耳と狐耳の違いはなにか? そんなのは好きなら見れば分かるだろ?

 可愛いものを見る目でほんわか、緩み切っただらしのない表情になりそうな自分の顔を両手で押さえて誤魔化そうとする。自分的には褒めたつもりだったのだが、眼の前の女性は刀に手をかけ、今にでも切りかかってきそうな雰囲気でこちらを睨んできた。後で知ったのだが、この世界の基準において、獣人相手にその種族の特徴を言葉にする行為はかなり失礼にあたる。普通の人間に当てはめると、初対面でいきなり顔の美醜を語るようなものだ。



 まだ切りかかってこないのは、自分に与えられている役割と冷静な思考が感情を止めてくれているからだろう。ただ、必死になって自分の感情を堪えている、そんなちょっとだけ歪んだ顔も綺麗だなーなどと場違いな事を考える。重症である。



「それくらいにしておけ。その子には悪意なんて欠片もない。それはお前さんが一番わかってるだろ?」



「それは……」



 『俺』と彼女しかいなかったはずの部屋に、三人目の声が響く。

 言葉を理解した彼女が、この場面を見られていた事への気まずさから、顔を赤く染めながら刀から手を放す。その仕草には、既に誰かを切る為の力強さは感じられない。

 


「悪いなお嬢ちゃん。今はどいつもこいつも余裕がない状態でな」

 


 部屋のたった一つの入り口。そこから入って来た男性は、ベッドの上にいる自分に視線の高さを合わせる為にしゃがみ込みながら謝罪する。

 ぱっと見の身なりはお世辞にも綺麗とは言えない。ぼさぼさのままの短い黒髪に処理されていない無精髭。来ている服もタンクトップに実戦を意識したカーゴ系のパンツで、付着した泥汚れや……恐らくは返り血もそのままになっている。

 だが、彼から悪意がまるで感じられない。知り合いの子供をあやしている気の良い親戚のおじさんといった感じだ。



「っと、自己紹介がまだだったな。俺がエギン・アーマルガム。先月に38歳を超えたおっさんだよ。んでそっちで睨んでるのが」



「名乗りくらいは自分でします。私は玉輝たまき・アストルデ。貴方を監視し、害があると判断したら即座に殺す為にここにいる者ですので……」


 

 自分の仕事を弁えている、玉輝たまきと名乗った彼女はそう言わんばかりに壁際へと移動する。その際に、彼女は足音や衣擦れなどの音を一切させなかったのに気が付き、正しく監視役であると理解出来た。



(ただ、最後の一言は余計だよねぇ……。自分の役割はこれ、だから馴れ馴れしくするなってことかな?)



 それを見てしょうがねぇなぁ、呟きながら頭を掻くのはエギンと名乗った男。そしてこの男にも隙がない。自分が一つ、余計な何かすれば確実に殺されると確信できる程度には。

 そこで、自分の考えている事がおかしいと思い至る。



(なんで相手の強さが見ただけで分かる? 少なくともこの体で目覚めてからそういった経験は無いし。となれば、やっぱり『俺』としての経験と知識……真面目に何物だったんだろうな、『俺』は)



 目の前の二人も、こちらがそういった事を無意識に探り、感づいた事に気づいている。ほんの一瞬だが、その目に剣呑な気配が宿ったのを見逃さなかった。

 思わぬ事で相手の警戒心を無駄に上げてしまった感じがするが、やってしまったことはしょうがない。問題は……。



「俺達はお嬢ちゃんと話がしたい。だが……」



「私が何かしらの実験体で、貴方方に危険視されているのはわかってます。おかしなことをしたらどうぞ、躊躇わずに首を落として下さい」



 話し合いをしたい。向うから言ってくれるならこちらとしては大歓迎だ。むしろ、情報が少ない、正確に言うと少なすぎる自分の現状を考えれば、話し合いという名の取引であったとしても、そこから引き出せる情報は有益だ。

 そして、だからこそ先手を打つ事にした。会話は主導権を握られた時点で負けなのだから。



 玉輝たまきにエギン、両名共が目を見開いたまま固まる。

 自分が実験体である事への自覚があるのはまだしも、自ら殺して構わないと宣言した事。さすがに、エギンの言葉に切るように言った『俺』の言葉が予想外だったらしく、動揺を表に出している。



「ふっ、くくくくく。無垢で無知、何も知らない培養カプセルで生まれたただの餓鬼かと思っていたが……面白れぇな」


 

 いち早く動揺から立ち直ったエギンが、歯を剥き出しにして笑う。その姿は獲物を前にした猛獣で、そこに先程迄の気の良さそうな男はいない。

 私はただ、ニコリと微笑み返してやることにした。



 結局話し合い(予想通り現状確認だったが)は夜まで続いた。


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