EP00-4
その始まりは何時頃だったろうか? 一人の白衣の女性が少しずつ、次第に大胆になって話しかけて来るようになった。
話しかけてくる内容が『俺』には理解できない。ガラス越しでよく聞き取れない上に、彼女の口から出る言葉は『俺』の知っている言葉では無かった為だ。分かってはいたが、『俺』が存在した世界とは別の世界なのだと実感した時でもある。
この状況を説明するならば、言葉を理解できない赤ん坊に語り掛けている母親といったあたりか……。
最初の時期からすると大きな変化であり、予想もしていなかった出来事に驚き、同時に『俺』は理解する。
(あぁ、実験動物に感情移入しちゃったのか……研究者が破綻する一番の切っ掛けなのに)
その女性は痩せていて、一目見れば誰でも分かるほどに疲れてきっていた。
瞳は憔悴して生気が感じ取れない。けれど、その瞳の下にある涙とそこに込められた感情は本物だった。罪悪感に憐れみ。そういえば、この培養カプセルの中で目覚めてから初めて、人の温もりを感じた気がする。
最初は一言二言、短い言葉を告げて逃げるように去る彼女が、最近ではカプセルの前に留まり、ガラスに手を付いて話しかけてくる。
未だ言葉がわからないので内容はわからないが、その雰囲気で分かってしまう。必ず最初の言葉は懺悔と謝罪なのだと。
この事態に対して、『俺』は彼女が不憫だと思うし憐れみも少しだけある。もしかしたら彼女自身が子供を抱えていることよる良心の呵責、きっかけはそんなものかもしれない。彼女の現状は自業自得だと感じ、何より彼女自身が選んだ結果だ。何も知らないふりをしているので応えてやることができないので若干の良心が痛むが、それはお互い様だと割り切る。
問題なのは『俺』が必要以上に彼女に感情移入するのはしないように気をつけねばならないということ。
そして予感を超えた予言に近い、この事態について『俺』の知識と勘が告げる。
――破綻の時は近い、と。
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