辺縁部に近づくほど、廃墟は砂漠と化していく。白と青のコントラストは目に痛いほど眩しかったが、そんなことに構っていられるほどの余裕はない。

 滑らかな砂漠に乱雑で不規則な足跡を残しながら、ノヴァは何度目になるか分からない跳躍を見せた。

 白亜の大地の空を舞う。登り始めた太陽を背にして、ノヴァは多元穿孔装置の砲口を地上へ向ける。

 そこにはブラックドッグの群れがいて、生成されたてのドローンがいて、人間そっくりのアンドロイドがいた。

 都市外の可変素材が一斉に稼働したのは、ノヴァが最初にアンドロイドを撃ち抜いてすぐのことだった。

 適当に狙いを定め、ガチンと引き金を絞れば砲身が跳ね上がる。もはや反動を抑える体力は残っていない。地上の景色がドーム状に歪み、どろりとした黒い液体が現れる。ノヴァへ向けられる無数の視線は一斉に液体へ向き、その隙にもう二度引き金を絞れば地面は間近に迫っていて、ノヴァは身体を丸めて転がるように着地しつつ、目の前に突きつけられた銃を掴む腕を捻じ伏せ、すぐさま立ち上がってまた跳ねるように駆け出した。

 止まれば分解される。既に外装の一部は欠けていたが、最低限の機能はまだ残っている。足が重い。自分の身体であるはずなのに、全身に他人が縋りついているようで、まるで思うように動かない。

「あとどのくらいだ」

 ノヴァが呟くと、ELは姿を現すことなく頭の中で返答を寄越す。

『恐らくは、既に射程圏内です』

「随分と曖昧だな」

『調整素子が足りないんですよ』

 軽口も何も言ってこない辺り、本当に余裕がないらしい。はは、とノヴァから笑みが零れる。綻ぶ口角から鋭い犬歯が覗いている。

 前方で砂が盛り上がる度に、無数の兵器が生成されていく。球体型のドローンから放たれるレーザーを躱し、飛び掛かるブラックドッグの腹を蹴り飛ばし、一般市民のようなアンドロイドが「やめてください」と叫んだので分解装置を生成して撃ち抜いた。

 先ほどからたまに現れるその一般市民は、妹に似ていた。黒いおさげ髪に、いつも眉間に皺を寄せたような顔。

 その顔に穴を空ける。

 それは一、二歩進んで倒れ伏し、速やかに白砂漠へと溶けていく。そこから新たにアンドロイドが現れてノヴァに銃口を向けるが、既にノヴァは宙を舞っていて、ガチン、続く悲鳴にも似た無慈悲な砲声。着弾地点に目を向ける前に、引き起こされた多世界収束に巻き込まれてアンドロイドは行方不明になった。

 再び着地して前を向けば、兵器の群れが不自然に途切れていた。

 穿孔装置を構えようとして、ガツンと、何かに砲口がぶつかった。

 手で触れる。不可視の壁がある。

 辿り着いた。

 地面から生える手を蹴散らして、ノヴァは壁沿いに駆け出した。前方から跳んでくる銃弾を、それよりずっと高い跳躍で躱す。

 空中で装置を構え直し、紺碧の空の振りをしているそれに向けてノヴァは引き金を引いた。

 まるで波紋を描くように、それは空気を巻き込んで歪み始める。

 波紋は、やがて黒い穴へと弾けるように変じた。

 黒い穴に収束するように空が、景色が歪む。

 ノヴァは転がるように着地して、駆け出しながら再度引き金を絞る。それに兵器が追従する。彼らの行動が一手遅いのはノヴァがオフラインであり、かつ殺害できないが故だった。Edenはノヴァをリアルタイムで追えておらず、演算も間に合っていない。間に合っていればとっくに捕まっている。

 そういうことになっている。

 十発目で、ついに空が悲鳴をあげた。

 虚空から、空ではないものが現れる。ノヴァは肩越しに振り返ってそれを見た。

 煙と炎の尾を引いて、円筒形の物体が空を裂いて飛び込んできた。

『ミサイルですね。詳細は不明ですが』

 それは二発ほど飛び込んで、白亜の砂漠を真っ直ぐに飛翔し、着弾地点に閃光を散らしてもうもうと黒煙を立ち昇らせた。

『兄さん』

 ELに促されて壁側を見る。

 空が僅かに罅割れている。

『いいえ、上です』

 はっと顔を上げれば、壁沿いの上空に飛翔型兵器が浮いていた。気づけば地上の兵器は数を減らしている。狙撃。

 咄嗟に分解装置の引き金を絞る。

 反動が肩から全身に伝わる。命中。やがて、兵器がふらふらと地上に落下していく。

 完全に消し飛んではいない。ノヴァは警戒しながら近づいていく。

 近づいたのは、その時点で気づいていたからなのかもしれない。

 鼻腔を血の臭いが掠める。

 黒い兵器の傍らには、有り得ない色彩がある。

 壊れた機械の傍らで、壊れた機械を抱きながら、地面にへたり込むアンドロイドがノヴァを見上げた。アンドロイド。そうだ。アンドロイドに決まっている。

 こんなところにいるはずがない。

 短い白髪、痩身に黒いシャツ、ノヴァの同じ青い瞳で、仏頂面を張りつかせたアンドロイド。

「……エヴァ?」

 それなのに、ノヴァは確信を持ってその問いを発している。

 自分の想像を軽々と飛び越えた姿の、大人になった妹が、ノヴァに憎悪を向けている。

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