幕間 楽園より
タララッタララッタララッ……。
着信音が鳴っている。タララッタララッタララッ……。電話がかかってきている。タララッタララッタララッ……。
電話がかかってきていた。
布団から手探りで端末を掴み、電源を切ろうとしたところで手が滑った。タラッ。
「あ……」
『もしもしキコさん起きてください今何時だと思ってるんですか』
「あ?」
手の甲で目を擦りながら、布団に引き込んだ端末を見る。時刻は午前九時五十分。あと十分で十時になる。
神無月キコは毛布を引っぺがして勢いよく飛び起きた。
「やっば!」
『やばいですよ。先に中入ってますからね』
プツッ。
クローゼットから適当な服を見繕い、ジャンパーのポケットに端末を突っ込む。リュックサックをひったくて寮を飛び出し、階段を駆け下りながらぼさぼさ頭を手櫛で誤魔化ながら鍵を閉め忘れたことに気づいたが気づかなかったことにした。
鍵が抜けなくなったまま放置している愛用ボロ自転車のスタンドを跳ね上げ、カゴにリュックを放り込んで転げるようにかっ飛ばす。
坂の上にある寮に今だけは心から感謝した。発着場は眼下に見えている。信号の神に見放されなければ、後は体力勝負だ。
初夏の太陽にじりじりと頭が焼かれる感覚が心地いい。
「間に合ったー!」
「間に合ってないですよ! もう十時過ぎてます!」
「君に起こされなかったら十一時は過ぎてたよ。いやー助かった」
「二度と起こしてあげないですよ」
「ごめんって! 後でジュース奢るから!」
「昼食でなら手を打ってあげてもいいですよ」
「ぐっ……テレポートが実用化されてればなー!」
「断言しますが、実用化されても遅刻癖は直りませんよ」
ロケットから地球が見える。エヴァの目にそれが映ってきらきらしている。
約束通り昼食を奢ってあげたら、頼んだ覚えのないショートケーキまでくっついてきた。貴方にすんなり奢られると気持ちが悪いので、なんてさらっと言うもんだから、キコは半分をエヴァにあげた。
地球は青かったですね、青かったね、なんて他愛の無い会話を交わす。
「次は火星に行きたいけど高いんだよねー」
「フライト一回がほぼ年収ですからね」
「やっぱVRで我慢かあ……」
「VRといえば、こんな都市伝説を聞いたんですけど」
「何々?」
「水槽の脳という思考実験をご存じですか」
「え、うん。あれでしょ、この世界は水槽に浮かんだ脳が見てる夢なんじゃないかってあれ」
「実はこの地球鑑賞ツアー、船の中で眠らされている間に、頭に地球の景色を入力されているだけなんじゃないかって噂がありましてね」
「詐欺じゃん!」
「もしかしたら、貴方はまだ夢の中かもしれないってオチです」
「怖っ! 絶対起きたくない」
エヴァは予想以上の反応を貰って笑っている。
「もし現実で、向こうの私が困っていたら起きてくれますか?」
エヴァにしては珍しいタイプの質問だなとキコは思う。
「えー、そりゃ助けに行くってか、起きて君がいるならいいけどさあ……何、君は私の夢なの? 怖いんだけど?」
「キコさんが私の夢かもしれませんよ」
「そんなことないわ!」
「ですよね」
エヴァは揶揄うように笑っている。笑いながらショートケーキをつついている。
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