三
トウマは地面に四つん這いになって思いきり嘔吐していた。
可変素材の白亜の大地に、見るに堪えない吐瀉物がグロテスクに存在を主張しながら四角く泡立つようにしゅわしゅわぱきぱきと分解されていく。
「ホントに人間なんだね……」
証明できたのならなによりだと軽口を叩く余裕もない。
キコはトウマの吐瀉物をまじまじ見つめながら、縮めたバイクをポケットに突っ込んだ。
「ちょい待ち」
何だろうと顔を上げると、キコは廃墟の隅に転がる球体状の建物に入っていくのが見えた。立方体だらけの世界で、それは妙に目立っている。
すぐに建物から出てきたキコは、コップを手に持っていた。
「ただの水。これで口濯いだらちょっとはマシでしょ」
トウマは頷いて受け取った。ガラスから伝わる冷たさだけでもいくらか気分をマシにした。
「私もさ、初めて補正なしで走ったときは吐きそうになったよ。吐きはしなかったけど」
しなかったのか。
とはいえ、うがいはそれなりの効果があった。這い上がろうとする胃液を呑み込んで、埃っぽい空気で息を整える。吐瀉物が跡形もなくなる頃には、どうにか再び立ち上がれるようになるまでには回復した。
天井の隅に空いた穴から差す四角い光に煌めく埃が舞っている。それを受け止める地面を見下ろして、トウマはふと疑問を口にした。
「そういえば、ここの可変素材は生きてるの?」
「ああ、この辺りのはね。私が権限持ってんだ」
「権限?」
「そう。スリープモードの可変素材ってのは、中に紐づいてる調整素子が寝てるってことじゃん? だからEdenの顔して私が起こしてこっそり使ってるってわけ」
比喩だらけの説明に注釈が表示されることはない。
「よく分からないけど、そんなこと、Edenなしでできるものなの?」
「できてるじゃん。だからEdenにも見つからずに済んでんの。Edenの目にはここら辺も廃墟にしか見えないってわけ」
「……君はすごいな」
半ば呆れ混じりにそういうと、キコはそれを気にした様子も見せずに首を傾げた。
「君もやればできるよ。やり方教えよっか?」
冗談ではなさそうな言い方に、トウマは疲れた笑いを返した。
「とりあえず、ちょっと休みたい」
入口へ続く短い階段を登って球体に入り開口一番、トウマは言わずにはいられなかった。
「狭っ!」
「言うな! 外に出しとくと分解されかねないんだよ」
そういう問題だろうかと半ば感嘆しながら、トウマはその場に立ち尽くした。直径十メートルの円部屋を埋め尽くしていたのは、トウマにはガラクタとしか表現できないものばかりだった。外装を剥かれたアンドロイド、ひっくり返ったブラックドッグ、調律機の外装らしきもの、箱のようなもの、ケーブルにコード、細々した部品……その他様々なジャンク品が天井まで山のように積み重なっている。
部屋の中心には梯子が通っていて、床と天井に空けられた穴から部屋の様子が伺えたが、どちらも似たような有様だった。穴の縁からアンドロイドの腕が垂れているのをトウマは見なかったことにした。
「んーっと、どうしよっかな。あ、そこ座っちゃって」
彼女が指す左手には申し訳程度の空きスペースがあった。一応はここが部屋であるらしく、机と椅子が一組置いてある。壁には窓――偽窓が取り付けられていて、白い大地と青空が映っていて開放的だったが、机上に置き放されたアンドロイドの生首がなけなしのそれを台無しにした。
「キコ、これは流石に散らかり過ぎじゃないかな」
「しょーがないでしょー、人呼ぶなんて思ってなかったし!」
そう言って、キコは床に散らばったジャンクパーツを蹴散らし奥の山へと向かった。そこでしばらくガチャガチャとガラクタをひっくり返していたが、やがて「上かな……」と呟きそそくさと梯子を登っていった。
しん、と不意に訪れる静けさにも慣れてきた。
上からガチャガチャと物音が聞こえる。時間が掛かりそうだなとトウマは椅子に腰かけて、生首から目を逸らすように部屋を見回した。用途不明の機械も多いが、こんな状況で物品の説明が表示されるわけもない。
彼女は、これを一人で集めたのだろうか。
どこから調達してきたのだろう。いつからここにいるのだろう。
他人と話すのは久しぶりだとも言っていた。ずっと一人で何をしてきたのだろう。というか何がしたいのかもいまいちよく分からない。
「あった!」
と上からくぐもった声がして、彼女がタイムアップを告げるようにカンカンカンと降りてきた。細腕にはケーブルのようなものを巻きついていた。
「それは?」
よくぞ訊いてくれたといわんばかりに、キコは机にそれを叩きつけた。アンドロイドの生首が数ミリ跳ねる。ケーブルの両端にはそれぞれ輪っかがついていた。
「名付けて人質ヒモ!」
「人質ヒモ」
安直すぎるネーミングだけに嫌な予感がした。
「こっちの腕輪をつけた人間に異変があったら、こっちの首輪を埋め込まれた人間を分解する装置」
「はあ」
「これを君につけてもらう。その状態でEdenにこっちの要求を伝える。Edenが君を見捨てない限り目的は達成される。完璧」
いろいろなものを飛ばし過ぎではないか。得意げな彼女から目を逸らすと、生首がこちらを見上げていた。心なしか哀れまれているように感じる。
「ああそれ? 愛用のルーターなんだ。慣れれば結構カワイイよ」
キコは生首の頭をぽんぽん叩いた。今度は嫌がっているように見えた。
「あー、ねえキコ」
「ん?」
訊きたいことは山ほどある。トウマは言葉を整理する感覚にもどかしさを覚えながら言った。
「具体的に、君はEdenに何を要求するつもりなんだ? 君の願いを叶えれば、何かしらの弊害があるんだろう?」
「あー、うん、ちょっと待って、椅子造るから」
彼女の瞳に青い四角が映り込んだ。トウマには見えない情報窓の上で指を滑らせると、程なくして、彼女の分の椅子が床から静かに生えてきた。背もたれにジャンパーを掛けてから着席。その仕組みがあるのにこの散らかりようなのかとは訊けなかった。
「あ、食事マニアだよね。なんか食べる?」
「……食べ物も作れるの?」
「そりゃあ可変素材だからね。データがあればなんでもできるよ」
「じゃあ、水を頼もうかな」
「水でいいの? コーヒーとかもできるけど」
「いや……」
トウマの脳裏に先ほど吐き出したものが蘇る。無い食欲がさらに減った。
キコが指を滑らせると、机に二人分のコップが生えてきた。キコの方にはオレンジジュースが入っていた。
それを引き寄せながら、えーと、とキコは机の上に両手を置いた。
「私はEdenに、隔壁の緩和を求めるつもり」
説明に慣れていないのだろう、キコは言葉に詰まりながら身振り手振りを交えてトウマに話した。
「Edenはこの時空間に人類を閉じ込めることで、多世界収束から守ってるって言ったよね? ここから出るには時間を動かさないといけないけど、動けばもうこの安全な時空間には二度と戻れない」
「うんうん」
「Edenの能力があれば多世界収束から人間を庇いつつやりくりすることもできるはず。だから人類を滅ぼすのは止めてって言いたくて」
「えっ滅ぼす?」
「うん。Edenとの連絡方法はそこら辺の機械にアクセスすれば済むから――」
「ちょっと待って。Edenは人類を滅ぼそうとしてるの? どうして?」
キコは、トウマが驚いてることにピンと来ていない様子だった。
「そりゃあ、人類の幸福と存続は両立できない……っていうか、する意味がないってEdenは考えたから」
まだ腑に落ちていない様子のトウマに、キコは訥々と語る。
「人類はもう十分に繁栄した、これ以上はない。ここがゴールだ。いつか終わるなら今終わるべき、っていうのがEdenの言い分なんだ」
「いつか終わるとは、限らないんじゃないか?」
「うん。私もそー思う」
彼女はオレンジジュースを一口飲んだ。
「でもEdenは、毎年生産する新生児をちょっとずつ減らしてるんだ。あと五百年もすれば人類は絶滅だよ。酷い話だね」
「五百年? 随分先の話だね」
「そう? 私はそうは思わないな。もう今年の新生児は一万人とちょっとしかいない」
トウマは今朝のニュースを思い出した。遺伝的未解析者がゼロだったのは、単に全数が減っていただけの話なのだ。
思い返せば、日々の生活には違和感があったのかもしれない。だが、それも気づかないように補正されていたのだろう。そりゃあ気づいても仕方がない。トウマが知る必要のない話だ。
トウマには関係のない話だ。
「キコは、それが嫌なんだね?」
「そう。まだ宇宙を踏破したわけでも全知全能になったわけでもないのにゴールにされてたまるかっての!」
彼女の言い分は理解できた。
キコは椅子に座り直して、トウマをじっと見つめた。
「君は、どう思う? 私とEden、どっちが正しいと思う?」
誤魔化すともできただろうが、トウマはなるべく誠実に話すことを選んだ。
多世界収束が致命的厄災であることは、誰だって知っているのだ。
「どっちが正しいかは分からないけど、僕は平和な世界が欲しいから」
机上で組んだ指を解いて、また絡ませる。
「でも、君の考えも理解できるよ。人類が発展するには多少の危険は受け入れるべきだってこと」
けど、とトウマは視線を交わす。
「これからどれだけ人類が繁栄して、新しいものが発見されたとしても、今以上に平和で幸福な世界はありえないんじゃないかと思う」
誰も傷つかない世界。どんな不平等も差別も災いもない世界。
Edenは全ての人間を、生まれてから死ぬまで幸福に生かしてくれる。見たくないものが見えない世界。知りたくないものは知らない世界。一緒にいて心地いい人とだけ、切磋琢磨できる良きライバルとだけ、愛してくれる家族とだけ、正しい価値観を持つ人とだけ。
絶対に助けられる人間とだけ、知り合える世界。
そこから弾かれる人間は発生しない。全ての人間は等しく幸福だ。そう、例えトウマが最後の人類だとしても、トウマがそれを知ることはない。トウマにはEdenの考えが理解できた。人類にこれ以上はない。ここが終点でいいだろう。
「どっちがっていったら、私も君が正しいと思うよ」
キコは少し眉を下げて、ちょっとした失敗が見つかった子どものような顔になった。
「でも、私は宇宙の果てに行きたい……」
「うん。それはどうにかしたいよね」
「そんで帰ってきたときに人類が絶滅してるのは嫌」
「うん?」
キコは手慰みに弄っていたヒモを放り投げ、開き直ったかのように朗々とさらに続けた。
「光速移動とかワープとか使ったら帰ってきたときには何千年経ってるかも分からない。宇宙の果てから戻ってきたら人類が絶滅してましたなんて、そんなのは嫌だ! だから隔壁緩和ついでに人類滅ぼすのもやめてほしいんだ。こんな空間で皆で一生を終えるなんてごめんだね! そう思わない?」
キコの真剣な赤目に見据えられ、トウマは耐え切れなくなって、ついに噴き出した。
「私は真剣なんだ!」
「いや、馬鹿にしてるんじゃないよ。君の動機はすごく分かりやすい。だから全部まとめてなんとかしたいんだね。そりゃそうだ」
「そうだよ! 何、悪い? 悪くて結構! 悪いから仮想送りにされないためにこんなとこにこそこそ隠れてんだから!」
「仮想はそんなに嫌?」
「嫌に決まってんでしょ? Edenに用意された最果てなんか見たくない。いざ仮想送りになったらそのことに気づけもしないところとか特に最悪!」
その考えだけは、トウマには理解できなかった。
あるいは、サナなら理解できたのかもしれなかった。
「勘違いしないでほしいんだけどね?」
キコはジュースをごくりと飲んだ。
「人類を滅茶苦茶にしようとかそういうことは全然考えてないから。ただ、末永く、できればもっとこう、宇宙全域レベルまで盛大に繁栄してほしいなーって思ってるだけ。ほら、こう言うとロマンあるでしょ?」
トウマはいくつかの前時代SFを思い出した。人間が火星に移住していたり、宇宙を走る鉄道に乗って旅をしたり、異星人と共生するようになっていたりする話。ロマンを感じないとは言わないが、トウマはどちらかといえば歴史モノが好きだった。
「ロマンはあるけどね。でも、そういうのは必要があるからするものだろ? 今は人間が溢れてるわけでも資源が不足しているわけでもない」
前時代には溢れかけた時期もあったらしいが、多世界収束によって十億人を下回り、人類は一転して存亡の危機に陥った。資源に関しては可変素材が実用化されているのでなんの問題もない。
「そんなこと分かってるよ。でも今が素晴らしいからって終わらせなくてもいいでしょ。そこんとこ君はどうなの?」
「正直に言って、終わりでいいと思う」
「何でだ!」
「でも、続けてもいいと思う」
え、と瞬きするキコにトウマは微笑んだ。
「大丈夫、協力するよ」
そういうわけで、トウマの首には爆弾があった。
もちろんこれは比喩で、実際には爆弾の方がマシといえる物騒な小型装置が現在進行形で取りつけ作業の真っ最中だった。キコはトウマの喉元に鼻を寄せて、手のひらから生成したミニアームでカチャカチャと部品を弄り、情報窓を触り、たまに唸ってみせた。何でも、トウマの身体をピンポイントで確実に分解するために専用の調整が必要らしく、かつ試作品として暇潰しに造ったもののためメンテナンスも兼ねて時間が掛かるという話だった。
作業のためにトウマの顎は上を向いていて、この態勢が辛かった。補正があれば何時間でもできるだろうが、補正がある状況で何時間も上を向くことはまずないのでままならない。
とはいえ暇なので、トウマは思いついたことを訊いた。
「そういえば、カフェに来たあの人は誰なんだ? アンドロイド?」
「あー、ミオは人間だよ。なんだろ、私の育て親みたいな……?」
「普通の親とは違うの?」
「普通の親とは違うね!」
キコは一瞬手を止めたが、すぐに我に返って作業を再開した。
「ミオは何ていうか、Edenが対応できないイレギュラーに対応する仕事かなんからしくて、私が初めて補正切ったときにすっ飛んできてさ。まだ6歳なんだからEdenに従いなさいーとか、仮想送りも悪くないーとか」
「6歳って……それは心配にもなるだろうね」
「余計なお世話! まあ、話し相手にはなったけどさ……」
カチャカチャと、そこで再び沈黙が下りた。偽窓から覗く青空に夕暮れの気配は遠く、トウマは瞼が重くなるのを感じた。眠気というやつだ。昼寝は二度ほど経験があった。
「そーいえばさ」
と、キコは手を止めずに話し始めた。
「君が連れ出したい子って、どんな子なの?」
トウマは上を向いたまま、回路がのろのろと動く錯覚に襲われつつサナのことを思い出した。
「君に似てるかもしれないな」
「良い意味で? 悪い意味で?」
「Edenと気が合わないって意味で」
キコはふうん、と喜んでいるのか怒っているのかよく分からない相槌を打った。
「サナっていうんだけど、彼女も仮想送りをすごく嫌がっていてね。理由は教えてくれないんだけど」
「私は嫌がらない理由が分かんないけどな」
「はは、同じことを言われたよ」
「……君はさ、そのサナって子が仮想送りになったら、悲しくないの?」
「うーん、幸せなら、それでいいと思うけど。サナは嫌がってるからね、悔しいかもしれない」
キコはそれきり黙り込んでしまった。
カチャカチャと、アームと首輪が触れ合う作業音が子守歌のようだった。
トウマが夢の世界に片足を突っ込んだところで、タイミング良く――あるいは悪く――キコが離れた。
「よしできた! 頭下げていいよ」
トウマは重い頭をぐっと元に戻し、ようやく解放されたと一息を吐くと、首元に違和感を覚えた。
「一、二時間くらいで首輪と君が完全にリンクする筈!」
「なんか、ぞわぞわするんだけど」
「首輪と君の調整素子が干渉してるんだと思う。多分害はないから我慢して」
トウマの首輪は別空間を経由してキコの左腕に繋がっていた。ボディースーツで覆われた彼女の手首に腕輪が半ば沈んでいる。一ミリ秒でも早く息の音を止めるためにトウマは首輪でなければならないらしいが、首にあんなものがめりこんでいるかと思うとぞっとした。
キコは元の席に戻って頬杖をついた。
「どうしよっかな、先にその子のとこ行ってこようかな」
「え、いいのかい?」
「ほら、成功しても失敗しても君とはオワカレだろうからさ。君がいる内にやっとかないと」
成功しても失敗しても、トウマはEdenに戻るのだろう。そうなれば、トウマの幸福に彼女が必要でない限り、彼女のことは覚えていられない。
それは少し、寂しいことなのかもしれない。
「まあ連れ出すのは無理かもだから、バイク置いてくるだけってのはどう?」
「ああ、それは助かるな。突然連れ出されても混乱するだろうしね」
キコの目が青く輝いた。両手が宙に持ち上がる。
「んじゃその子の詳しいプロフィール教えて?」
「調べられるのか……」
「意外と簡単だよ? Edenはセキュリティってのが無くてさ、適当な通信回路さえ盗めばなんだってできる」
敵がいないのだから守る必要もないのだろう。トウマは頭からサナの情報を引っ張り出す。
「ええと、名前はサナ・アマヤ。未解析者で十七歳……」
「サナ・アマヤ、十七歳……」
彼女の黒い手が鍵盤を叩くように滑らかに稼働する。
「第十三未解析者寮で、常駐相談員と二人で暮らしてる。住所は分からないけど、窓からセントラルタワーが見えた。中層から高層だと思う」
「ふうん。タワーは小さかった?」
「小さかった。うん、かなり遠かったと思う」
「ふんふん、その常駐相談員の名前は?」
ああ、とトウマは仏頂面の同僚のことを思い出した。
「エヴァ・ロイドだよ」
彼女の手が、ぴたりと止まった。
「エヴァ・ロイド? エヴァ・ロイドって言った?」
トウマはえ、と首を傾げた。
「そうだけど……。知り合いかい?」
「知り合い……」
キコの手が、震えを抑えるように拳を作った。
「同姓同名の人物がいるわけないか……」
キコはきつく瞼を閉じると、重い溜息を吐いた。後回しにしていたものが何の脈絡もなく現れたみたいに。
話したくないなら話さなくていいと言う前に、彼女は自ら口を開いた。
「エヴァは、私の友達。五年前、未解析者に殺された。そう聞いてる」
そんなことはないと、反論しかけた口が止まる。
Edenからそう知らされたということは、つまり、その必要があったということだ。
「あの時も調べたんだけどなあ……私の回路だったから見つからなかったんだな。そっか……」
エヴァが生きていることを喜んでいるようにはとても見えなかった。深く考える前に、トウマから言葉が漏れていた。
「君は、エヴァが嫌いだったのかい?」
「そんなことない!」
トウマがびくりと身体を強張らせると、キコは小さく「ごめん」と言って俯いた。思考の海に沈むように、ぴたりと動くことを止めてしまった。
「こっちこそ、酷いことを言った」
それが精一杯の弁解だった。
Edenが正しいとするならば、キコにとって、エヴァという人間は死によって別たれる必要があったということだ。ただ、彼女が未解析者であるならそれは正しくないのかもしれない。
Edenは理由を提示しない。Edenはこちらが求める理由を開示するが、何故そうする必要があるのかは言わない。恐らくは言えない。言語化できないほど複雑であるか、基底理念に抵触する可能性があるから。
「エヴァってさ、サナと一緒にいんだよね」
不意にキコが顔を上げた。
「え、ああ、そうだけど」
「見つけた。ちょっと行ってくる」
「え?」
「生きてるなら会いにいかなきゃ」
そう言って立ち上がり、キコは椅子からジャンパーをひったくった。
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