第4話




しとしとと細かい雨が絶え間なく落ちてきている。


昼も夜も垂れ込める雨雲に空はその色を隠していたから、今時期に太陽がどんな光を放っているのかなんて忘れてしまいそうだった。


傘を少しずらして空を見上げる。鈍色の綿がいくつも重なりあっていて少しの隙間もない。太陽の光さえ地上に落ちてこないのだから、夜の間に暗闇に瞬く微かな星の光なんて見えるわけなかった。


三日前に公園で少し話をした後、そこで浩二とは別れた。公園を出て東へ戻る里穂に背を向けて、浩二は西の方、高校のある丘の方角へと歩いていった。滑り台から見た星空では満足できずに、屋上へ行ったのだろうか。


浩二の言葉は、故郷を諦めているように聞こえる。元いた星もさることながら、引っ張られてきてしまったとは言え、此処をふるさとにすることさえも。此処からは見えないという自分の星を諦めるのだったら、せめて新しいふるさとを作ろうとしたっていいと思うのだけど。


こんなことは、故郷を出たことのない里穂だから思うのだろうか。心の拠り所となる場所をなくしたら、人は寂しいばかりなんじゃないかと思うのに。


そして、そんな風に諦めたようなことを言っているくせに、どこか寂しそうな雰囲気は消さないのだ。多分、この状況を甘受しているようで順応しきれていないんだろうなと推測する。


…すこし、不器用なのかな。


夜空を背にした涼やかな様子からは想像できないけど、話を聞いてそんな風に感じる。だから、寂しいとか悲しいとかの言葉を避けているのかもしれない。それはちょっとかわいそうかなと思った。


突然引っ張られてきた、頼るものも人もないこの場所で、彼は一人何をしているだろう。幸い里穂には自由になる時間がいくらかあったし、また、それを費やしてもいいと思えるくらいには浩二のことを好意的に見られるようになってきていた。


世界中の困っている人に手を差し伸べることは出来ないけれど、目の前にいたら躊躇わずにそうしたい。そのように幼い頃から育ってきたし、今までだってそうしてきた。だから、浩二に対してだってそうしていいはずだと、里穂は思った。





一週間ぶりに朝の駅で由香と会った。雨降りで敵わないね、と笑って話しかけてきたのに応じる。


「そうだね。星も見えないし」


「星? そうね、これだけ降ると見えないね。なあに? 観望会のお誘いでもあったの?」


「いや、そんなのないけど……。浩二くんの星が見えないなって思って」


そこまで里穂が言って、漸く由香は先日屋上にいた青年を思い出したようだった。


そのことに、星と思ったら浩二、という図式が頭の中で出来上がっていた自分を認識してちょっと苦笑した。


「なあに、里穂も浩二くんのこと気にしてるんじゃない。なんか、良かった」


「良かった?」


「そりゃ、浩二くんだって、嫌われるよりはずっと良いんじゃない? 里穂だって、腹を立ててるよりうんと良いでしょ」


ごもっともなので頷いておく。確かに初日に思い出すだけで気分が重苦しくなったのが、仲直り(というのだろうか?)をしてしまってからは気持ちも穏やかだ。


「浩二くんさ、イキナリ引っ張られてきて困ってることとかあると思うのよ。だから、助けてあげようかなって思って」


「良いんじゃない? 困ってる人は助けないとね」


由香が笑って頷く。同意してもらえて安心した。人助けなんだから躊躇うことはない。今度会ったら気をつけてやろう。彼が、出来れば寂しく思わないように。ここに落ち着くことが出来るのなら、そう出来るように。


浩二が、ここへ来てからどこでどう時間を過ごしていたのかも知らないのに、「今度」がまたあるんじゃないかと思っていることが自分の願望だということに、里穂は気付いていなかった。




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