第2話




浩二と名乗った彼は、自分のことを星の光の分離れたところから来た、と言っていた。もうすぐ寿命が来てなくなってしまうんだと言っていた浩二の住む星は、今最後の輝き(正確にはその星は恒星ではないようだから、自らの光というよりは他の恒星の反射光というところだろうか)でそこに住む人たちの思念を飛ばしているそうだ。


浩二の星では、命が尽きても思いというものは尽きることなく広い宇宙を飛び回る、と思われているのだそうだ。里穂が転生輪廻のようなものかと問うたら、そこまで上手い話はない、と言っていた。果てることがないのは思念だけで、それが実体に結びつく確率はとても低いらしい。つまり浩二の星風に言えば、この広い宇宙は残留思念だらけということになる。


ぞっとする世界観に里穂は話の途中で匙を投げてしまった。生まれ変わり、というものを里穂も多少は信じたりするときがあったけど、そんなときだって、生きるものが零れ落ちることなく皆生まれ変わるのだと思っていたから信じていたのであって、浩二の言うように生まれ変わるのすら思うようにいかず、零れた人の気持ちはそこら辺を漂っているだけなんて思っていたわけじゃない。そんな世の中だったら、里穂は今自分が誰かの生を継いで生きていることすら申し訳なく思ってしまう。


「はあ…」


きらきらと輝く朝のさわやかな光に相応しくないため息をついてしまった。昨夜あんな重苦しい話を聞いた所為だ。引きずりそうな気持ちを背筋をしゃんと伸ばすことで切り捨てる。


だいたい、浩二の言ったことが本当のことなのかどうかもあやしいのだ。星の間を飛んで渡る、なんて。


スーツの人の群れの中でそんな風に彼のことを思い出していた。アナウンスが流れてホームに電車が入ってくる。人の流れに逆らわずに電車に乗り込もうとしたとき、背後から少し興奮気味に声を掛けられた。


「里穂、おはよう! 昨日あれからどうした?」


車内に乗り込んだ里穂の隣に上手に体を滑り込ませてきた由香は、大きな目をきらきらさせながら話し掛けてきた。


「おはよ。どうもこうも別になにも…。ってか、あんなの信じろっていう方が無理よ」


むしろ、ちょっとオカシイ人が通りすがりに呟いて行っただけ、と思った方が数倍現実味がある。一緒に浩二の話を聞いていたはずなのに、彼の話を訝しむことなくすっかり信じてしまっている由香を、やっぱり子供みたいだと思った。


「えー? だってカッコよくない? 星を渡って、なんて……」


そこまで言いかけた由香に顔を寄せて、里穂は唇に人差し指を立てると声を慎むように示した。


「……なに? 駄目だった…?」


 里穂の様子に由香が声を潜めた。


「馬鹿ねえ、由香。そんな話大声でしてたらアタマおかしいんじゃないかと思われるでしょ?」


「なんで? だって浩二くん、そう説明してくれたじゃない」


浩二くん、だなんて、そんな友達を呼ぶみたいに。つくづく苦笑が漏れる。


「由香、あの人の言うこと信じてるのね……」


「だって、嘘ついてるようには見えなかったよ…?」


確かに、浩二は真っ直ぐ里穂の目を見て話してきた。暗い中、少し色素が薄いだろうかと思わせた瞳は嘘や冗談の色を纏ってはいなかった。


「だからって、あんな嘘みたいな話、そうなんだー、って信じられないわよ」


「……私は信じたけど……」


「それが由香の良いところね。私には出来ないわ」


里穂の様子を窺って由香がちょっと思案する。その視線に気付いて里穂が首を傾げることで言葉を促すと、でもさ、と由香が言った。


「浩二くんは、身寄りも知り合いも居ない地球に、里穂に引っ張られて来たんでしょ? 里穂が浩二くんのこと信じてあげないと、可哀想じゃない?」


見ず知らずの赤の他人(しかもちょっと胡散臭い)のことをそんなに心配して上げられるなんて、すごい。もし、浩二の話が本当だったのなら、自分になんかじゃなく由香に引っ張られたら良かったのだ。


由香、すごいね、と感心して言ったら、すごいのは里穂じゃない、と反論が返ってきた。


「私? なにがすごいの?」


「だって、遠く離れてた浩二くんを引き寄せたんだから。流れ星は私も見たけど、そんなんなかったし」


あまりにも由香が浩二の言うことを信じて疑わないから、なんだかあれが本当の話のように思えてきた。常識で考えたらやっぱりありえないと分かっているのに。


そして、特異なことだからだと思うけど、昨夜から彼のことをずっと考えている自分に気が付いた。薄明かりの下で細かい造作は分からなかったけれど、微かな月明かりが弾ける亜麻色の髪の毛と里穂をじっと見つめてきた切れ長の双眸はとても綺麗だったと思う。明るい陽の元で会っていたら、悲しそうな雰囲気は変わっていただろうか?


ちょっと考えて、あの話が本当ならそれはないか、と思った。


いきなり、慣れた故郷の星から遠く離れたここに飛んできてしまったのだから、戸惑いや寂しさがあって当然だろう。自分だったら心細くて胃を傷めそうだ。


そういえば、あのあと、彼はどうしたのだろう。


浩二の話を信じられなかったので、里穂は由香を伴って屋上をさっさと降りてしまった。彼はあそこに佇んだまま里穂たちの背中を見ていた、ような気がする。振り返らなかったから、本当のところは分からないけれど。


突然やってきた異邦人にちょっと冷たくしてしまったかと申し訳なく思う。彼の言うように、自分が彼のことを引き寄せてしまったのだとしたら尚更だなあ、なんて考えて、里穂は自分の思考に苦笑する。やっぱり随分由香の考えに感化されているみたいだ。


「でも、もしあの話が本当でも、私、浩二くんのことを呼ぶなんてしてないんだから、責任は取れないよ。どうもしてあげられないし」


「…浩二くん、あのあと、どうしたんだろうね」


由香もちょっと気にした様子だった。だからなのか、里穂は殊更気にしていない風を装った。


「さあね。案外逞しく、もう環境に馴染んで暮らしてるかもしれないよ。ここが馴染まないんだったら帰ったら良いんだし、それはあの人自由でしょ?」


「そうかな」


「そうだよ」


浩二の話を最大譲歩して信じるとして、けれどここでどうするかは彼の勝手だ。所詮、通りすがりに出会った程度なのだと、やっぱり里穂は思った。




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