一番星

「あー、授業まじだるすぎだろ…。」

 そんな眠そうな声とともに。

 一ノ瀬シン《いちのせしん》は机に突っ伏した。彼の机の上はノートはおろか、筆記用具すら出ていない。これが彼の『日常』といえば『日常』なのだから、仕方ないと言われれば仕方ない。

「おい一ノ瀬。いい加減起きろ。」

 教師と一番後ろに座るシンの距離は実に五メートル。教師はチョークを手に取り、思いっきり振りかぶると、

 シンに向かって投げた。

「っ…。クソ、いってぇ…。」

 チョークは見事にシンのおでこにクリーンヒットし、前髪を大きく揺らした。周囲の嘲笑をものともせずに、シンは何事もなかったかのようにもう一度机に伏せた。

 教師はやれやれと、首を振るとそれきりシンには見向きもしなかった。

 腕で顔を隠しながらシンは怒りに拳を震わせていた。

(もっと俺に力があれば、こんな世界壊してやれるのに…。)

 教師への怒りはもちろんだったが、シンは何より自分への怒りで腸が煮えくり返りそうだった。自分には力がないからこんなところにいる。やるせ無い気持ちでいっぱいだった。シンには楽しい思い出が一つもない。勉強をしてクラスメイトに認められたことも、放課後友達と遊びに行って笑い合ったことも、テストの点が良くて両親に褒められたことも、何もなかった。だからといって死にたいわけでも無く、特にやりたいこともない、惰眠を謳歌していた。

「だってよ、俺が奇能力者だったりしたら、世界をもっと変えられるんだぜ?」

 授業が終わるとすぐに、シンはシンの前に座る、お下げの少女に話しかけた。艶がある黒髪を2つの三つ編みにまとめた、いかにも優等生らしい少女は朝比奈美々あさひなみみ。学級委員である立場と、席が近いことからシンの唯一まともな話し相手だ。その性格から、今やシンと話してくれるのは彼女だけだ。

「でも、私ちょっと奇能力者って怖いな。なんか人間じゃないみたいで…。」

 美々はそう言って、少し困ったように笑った。

「この世界。ほんとつまんねぇな。俺が変えてやりてえよ。」

 シンはそうぼやくと、大きく伸びをした。

 その瞬間、シンは自分の体がしびれるのを感じた。

(お、っと。これ、なんだ?!)

 声を出そうにも出せず、美々が話している言葉も何も耳に入ってこない。シンは世界に一人取り残されたような気持ちになっていた。気が遠くなるほどの時間を体感し、シンはようやく我に返った。

「だから一ノ瀬くんもちゃんと、って。一ノ瀬くんどうしたの?!」

 シンはいきなり呼吸ができなくなり、過呼吸に陥っていた。すかさず、美々がシンの背中をさする。

「なんか今俺、体がしびれてたんだ。伸びをしたあとから。」

 シンがそう言うと、美々は少し驚いたように顔を上げた。

「それって、奇能力者になる前の前兆だったりして。一ノ瀬くん、前からなりたいって言ってたし、ほんとになっちゃったのかも。なーんて。」

 美々は冗談のようにそう言ったが、シンは真に受けたようで目を輝かせた。

「え、まじ?!そうだったら、みんなを従わせる能力がいーな。」

 そう言うとシンは教室の隅を指さした。

「ん…どーしよっかなぁ。じゃあ、三井、スカートをめくってパンツ見せてくれ。」

 その声を聞いた女子生徒は顔をしかめて、シンの方を見るとよもや自分でスカートをたくし上げたのだ。女子生徒の顔がみるみると赤くなった。

「ほんと、女って何考えてるかわかんねぇ…。」

 シンはヒリヒリと痛む頬を押さえながら涙声で言った。美々は呆れたように首を振った。

「一ノ瀬くんがそんなこと言うからよ!全くもう!油断するとすぐこれなんだから。」

「だって、本当にめくるなんて思わないじゃん…。」

 シンはそう呻くと、机の上に突っ伏した。しかし、その数秒後勢いよく跳ね起きた。驚いて体を震わせる美々の肩を掴むと、前後に揺さぶった。

「俺マジで奇能力者になったかもしれねー!!!だってさっき三井も…」

 それを聞くと、美々はため息をついてシンの頭にチョップを入れた。

「そんなわけないよ、私が言ったのは冗談だもん。一ノ瀬くんも来年から受験生なんだし、もっと将来のことを考えたほうがいいよ。」

「はいはい。いいんちょは口を開くといつもそれだもんなぁ。」

 シンはそういうと、心底不満そうな顔をした。そして、美々から顔を背け、窓の外に目をやった。

「もしそうだったら、このクラスのやつ、全員死んでくれねーかなあ。いや、世界中の人が全員死んで俺が神になるってのも…」

 シンがそう呟くと、後ろからどさり、という何かとても重いものが倒れる音がした。

「え…!?」

「いいんちょ!!」

 見向きもしなかったシンだが、後ろの野次馬の声に一喝入れてやろうと後ろを向いた。そこには白目を剥いた美々が仰向けに倒れていた。

「おい、お前がなんかやったんだろ!一ノ瀬シン!!」

 美々の体を揺すりながら泣いている女子、教室を出て教師を呼びにいく男子、当然のようにシンを指差すクラスメイトもいた。

「お前いつも俺達の事嫌ってただろ!!いいんちょが気に入らなくて殴ったんだろ!」

 シンは急に男子生徒に胸ぐらを掴まれた。

「あ?知らねぇよ。離せ、このゴミ。」

 シンは恨みを込めた目で、彼を睨みつけた。しかし、次の瞬間シンは床に這いつくばっていた。

「さっさと吐けよ。このクソ陰キャ。」

 クラスで一番図体が大きい熊本に首根っこを掴まれてしまい、シンは身動き一つ取れなかった。

「…ねよ。」

「ん?なんだ?聞こえないぞ?」

「死ねよって言ったんだよこのデブが!!!!」

 すると、熊本は大きく振りかぶると、シンのお腹を蹴り上げた。

「かはっ!!!」

 シンは大きく咳き込む。

「なんだ。もう一回言ってみろよ。」

「お前なんか、死ね。」

 シンは憎悪を込めた目で熊本のことを睨みつけた。今度は集団リンチが始まり、周りの生徒がシンの体に暴力を加え始めた。数分後、急に生徒達は殴るのをやめ、熊本がシンの髪を掴んで顔を上げた。

「何か吐く気になったか?」

 シンの顔は血まみれで、酷く腫れていた。しかし、シンは笑みを浮かべると言った。

「お前ら全員、死んで、地獄に落ちろ。」

 そう言ってシンが親指を下に立てると、先ほどまでシンを囲んでいた生徒全員が美々のように白目を剥いてその場に倒れた。

「え、いや、まじ、何これっ。」

 その光景に、シンは先ほどまでの冷静さを失った。教室の死体はシンに力が宿ったということを証明していた。

「先生、こっちです!」

 廊下から男子生徒の声を聞き、シンはほぼ本能に近い感情で窓から飛び降りて逃亡した。














「我々は赤黄泉団にこの仕事を任せることにする。」

「はーい!!報酬は??」

「がっつきすぎだろ…紗良。」

「報酬は1人5億だ。」

「ご、5億ももらえるんですか…?!」

「わお♬これならみんなで住む家が買えるね♬紗良。」

「やった!!ようやくみんなで一緒に住めるのね!」

「生け捕りが望ましいが、殺しても構わないからな。」

「はーい!」

「了解した…」

「わかりましたぁ…。」

「はーい♬」

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