04 燻灼
ザガリアマ火山洞窟の入り口では、内部から暖かい空気が外に漏れてくる。まるで洞窟自体が巨大な怪物で、その口から息がもれているかのようだ。その横穴を覆う周囲の揺れる草木も獣の体毛のように感じる。
私たちはその
しかし、レイを同行させたのは正しかったのだろうか?
こちらが公務であることは明かしたが、
骸骨隊を連れて行けないことのデメリットに、レイを連れて行くことのメリットが勝っているようには思えない。
天気屋は何を企んでいるのだろう。見れば天気屋は背中にリュックを背負い、腹にも私の荷物を大事そうに抱え、それでもいつものように真っすぐに立っている。途中から山麓を歩いてきたが、フォーマルな服には
とても山に入る格好には見えない。ロングのパンツスカートと耐熱靴に替え、珍しく冒険者然とした服装になった私とは対照的だ。
「空気はしっかりと流れているようですね。人が通れる入り口の他にもいくつか口が開いているのでしょう」
「二人とも本当にその格好で山を登って、洞窟に入るんですね」
「え? 天気屋はともかく、私はまともでしょ?」
私の声が一オクターブ下がる。
公務であることを明かしたので、もう兄妹ごっこをする必要もない。
「へ? あー……。帝都ではそういった衣装が主流なんですね。オシャレなものはこの辺りではあまり見慣れないので」
なんか歯切れが悪かったけれど、それなら理解できる。
何はともあれ内部を調査しないことには始まらない。
「準備はいいですね? では、参りましょう」
天気屋が先陣を切り洞窟へと入っていく。レイも警戒した仕草で狐耳を様々な角度に動かし、尻尾を揺らしながらそれに続く。
私は顎に飲み込まれる二人を見送ると、骸骨たちを入り口付近に控えさせておく。見張りと万一の時の救助に備える。地図に記された遺跡の距離を考えると、入り口付近に控えた彼らに十分命令を届かせることができるはずだ。
この場を彼らに任せ、私も顎の中へ自ら侵入する。怪物を思わせる洞窟の内部は、――美しかった。
太古の溶岩の流れによって形成された洞窟は、天井の所々が外に通じ、幻想的な光の筋が差し込む。その光に照らされる、黄、赤、白、緑、種々の色の岩肌。光の具合により、淡く、また鮮やかに、岩々が主張し、私たちを迎え入れる。
仕事でなくても訪れたくなるような心揺さぶる風景。
だが美しさと優しさは同義ではない。天気屋はランタンには火をつけず、術式を編み魔法光をランタンにかける。その光が幻想的な自然の光源の美しさに水を差し、また死角を減らす。
目に見えずとも溢れる大地の力、その脈動を感じる。その拍に合わせて溶岩は海へと流れていく。圧倒的なエネルギーが皮膚にひしひしと伝わってくる。
対して、感じ取れないものは探る必要がある。
「天気屋、私の薬品と
私は吸い口から術式を
「有毒ガスがあるところでは褐色に染まるわ。近寄らないように。有毒ガスといっても火山ガスにしか対応してないけどね」
「凄いですね。錬金術ですか?」
レイが私に尊敬のまなざしを向けてくる。悪い気はしない。レイのぴょこぴょこと動く狐耳が可愛らしい。
「その知識も入ってるわね。
死霊術士は薬品の知識に強くなければいけないのだ。遺体を保全するには魔力だけでは効率が悪すぎる。
とりあえず、あの程度の染まり方なら問題はない。風に乗り流れてきたガスの一部だろう。吹き出ている場所が近くにあれば、もっと派手に黒く濃く染まる。
「地図からすると向こうのようですね。枝道が多いので気を付けて行きましょう」
天気屋には調べずとも分かっていることなのだろう、どんどん進んでいく。洞窟の地面はごつごつと凹凸があるが、そこまで歩きづらいものでもない。
地面の岩も色彩豊かだ。自然による造形美は地面においても変わらない。
私たちの靴音が洞窟内に響く。受けた依頼は火山
ミルたちの遺体も火山蜥蜴に食べられた跡があったと、レイと話していた大柄な冒険者ヴァイレフが言っていた。依頼を受けた後、彼と話すと遺体の状態は酷い有様なので、レイがその場に行くことには反対のようだった。レイの固い意志を知り、送り出してくれたが、「また俺に
目的地は旧文明遺跡『
向かう最中に散発的に何匹か火山蜥蜴が襲ってきたが、レイと天気屋に返り討ちにあった。
火山蜥蜴は齢を重ねるほど強く巨大になる。今の所、天気屋より少々大きい程度のものしか現れていない。その程度の相手ならば問題は無いようだ。
天気屋はやすやすと蜥蜴の首を刎ねる。レイも自信をうかがわせていた通り、槍の扱いは様になっていて的確に急所を突いていた。私が手伝う必要もなさそうだ。
私は水タバコの煙を吐き天然の危険を探る。薄く広がる白煙と色彩豊かな岩壁を味気ない魔法の白光が照らす。
それはそれで美しいのだが、自然光の複雑な加減こそが胸を打つ美しさを創り出すのだと実感する。
火山蜥蜴以外には大蝙蝠にも火喰い鳥にも襲われることもなく、人工のなめらかな壁面が崩れているところを見つける。地図の通りだ、当然だが。
遺跡では地図外の罠にも注意するようにとトルムが言っていた。単純に発見されていない遺跡の罠だけでなく、罠を仕掛けるハイエナチームがいる可能性があると。
内部は旧文明遺跡特有の執拗に研磨された白く輝く石壁に覆われていた。継ぎ目の極端に少ない石壁は高熱で溶かし繋げでもしたのだろうか。通路の幅は広く、三人が横並びになったとしても、まだ余裕がある。
私は両手を大きく広げ、感覚を研ぎ澄ませる。そこに漂い、また流れる、力を感じ取る。洞窟での力強く脈打つ大地の命の流れとは大きく異なる。繊細で規則的な響きが私の肌に触れる。しかし濃厚な魔力の舌触り。
ここは洞窟に比べ魔素が多い。奥の方では魔力の働きを感じる。つまりこの遺跡は少なくとも一部は生きているのだ。
不気味な白い壁に囲まれ、閉塞した空気の不快さを感じる。気分的なものかもしれないが。
術式を編み、風を循環させる。極力小さな力で環境下にある魔素を利用する式にするのが、魔力の消費を抑えるコツだ。そのためには魔素を読み取る鋭敏な感覚、術式の構造の根本的な理解、微細な差を実現する術の制御力、この三点を身に付けておけばよい。
天気屋も環境の魔素を操るのは巧いが、加減が下手なので屋内では私がやった方がいい。
所々にある金属の扉は閉ざされたまま開くことはない。旧文明遺跡の完全に閉ざされている扉や石壁は天気屋の技量でも斬ることはできないそうだ。まれに歪んた部分を力ずくで抉じ開け、侵入した形跡もある。歪んだ部分は強度がかなり落ちるようだ。そのような場所では内側の部屋に残されたものは何もない。
ヴァイレフから聞いたミルたちの遺体があった地点を目指す。そこはギルドの地図に描かれている範囲内だ。そこで何が起こったのか、調べなければならない。
天気屋が器用に罠を避け、あるいはわざと発動させ、私とレイを安全な道筋に誘導する。冒険者が多く入る範囲内で残っている罠というのは、解除不可能なものだ。
そうでないならば、この時代の人間がライバルを減らすため、もしくはハイエナ行為をするために仕掛けたものであるということ。トルムもそういった罠に特に注意が必要だと言っていた。
コツコツと硬質な足音を立てて進む。それなりに移動したが、ここまでで遺跡に新たな発見はなかった。通路の形状にも変化はない。
鼻がわずかに何かを感じ取る。意識すると仄かに香る死の匂い。血と腐敗。
位置は近い。そこへ誘導されるのを感じる。これがリュデットの幸運の加護の効果だろうか? 欲するものに誘導する効果?
石壁が放つ白の光沢に囲まれながら少し進み、丁字路を右に折れると、それはあった。
原形を留めていない冒険者たちの遺骸。ばらばらに千切れ、肉は食いちぎられ、重く堅い武装と骨と食い残しが横たわる。部位も足りていない。けれど、想像していたよりは腐臭は酷くない。火山蜥蜴も火鼠も獲物を焼いて食べる性質があるからだろうか。
とはいえ慣れていない者にはきついだろう。えずく音が聞こえる。そちらを見れば、レイが震え、涙を流し、嘔吐している。彼も覚悟をして来ているだろうが、それでも身内の死も死臭も耐えがたいものだ。
ここに冒険者たちの魂は残っていない。日頃から死を覚悟して生きている冒険者の魂は、この世に留まることは少ない。
「ミルたちの魂は旅立っているわ。死を受け入れている。彼らの次の旅路の幸福を祈ってあげて」
私がレイに伝えると、彼の
血痕から引きずった跡が見て取れる。たどり、死んだときの位置を予測する。密集してはいない。どのタイミングで死んだのだろうか?
「気を付けて下さい。地図に落とし穴の罠が表記されています」
それは覚えていた。足元を見れば砂が撒かれた跡がある。しかし罠の痕跡は見えない。砂の上を歩いた跡もある。
近くの金属鎧の遺体からは虫が這い出ていった。血痕や衣類片も散らばっている。
「アンヘルくん、水タバコはどうですか?」
私がそっと白煙を吹くと、低い位置が褐色に染まっていく。火山ガスの匂いは感じなかったが、洞窟よりも濃いようだ。
私がまた風を流そうと術式を編み始めると、天気屋が「待ってください」と私を制止する。
「もう一度水タバコをやってみてもらえませんか?」
何かあったのだろうか? 私が白煙を吹くと天気屋は先の方の壁に向けて指をさす。
「あそこ、おかしくありませんか?」
煙が黒に近い褐色に染まっていく。そして、目の錯覚か、壁に煙が入っていくような。
天気屋が近寄っていき、そこに触れると、その手が沈む。
「幻術? いえ、意識しても壁に見えるわね」
「幻術の類なのでしょうが、一般的なものとは違いますね。触った感じからすると壁は一部崩れています。火山の状態に応じてここからガスが発生するようですね」
旧文明遺跡の罠ではなく現代の人間の仕業ということだ。細かく調べたいがあまりここに長居するべきではないだろう。ここから引きずられたような血痕の先は先程の丁字路の反対側に続いている。
「アンヘルさん、ちょっといいですか?」
別れを済ませたのだろうか、泣き止んだレイは狐耳をピンと立て、引き締まった表情で私を見つめる。私が頷くと、レイは私の手を引き、白い石床に横たわる女性の遺骸の傍に連れて行く。
腕も頭部も失われている。腹も空洞だ。悲しいことだが、冒険者は綺麗なままで死ぬことが困難な職業だ。
「ミル姉は旧文明遺跡で手に入れた金属の入ったブーツを履いていました。それが脱がされた痕跡があります。腕は火山蜥蜴に食べられているのに、脚は火鼠にかじられているのも少しおかしいと思いませんか?」
声が少し震えている。感情を抑え、冷静に事実を伝えようとしている。冒険者の務めとは言え、この若さにして強靭な精神力だ。
レイの気持ちを思うと私の方が涙ぐみそうになる。レイが頑張って耐えているのに私が泣くわけにはいかない。
「たしかにおかしいわね。ヴァイレフは回収していないのよね?」
私も冷静を取り繕う。
「はい、ヴァイレフさんが持ち帰ったミル姉の遺品は槍と認識票だけでした。隠しているとはとても思えません」
少し話しただけだが、私にもヴァイレフは裏表のないタイプに思えた。やはり冒険者を罠にはめて遺品を奪う者がいるということだろう。
罠を調べ、落とし穴が無いことを確認した後、丁字路の反対側を探っていた天気屋が戻ってくる。
「向こうに火山蜥蜴の巣穴がありましたよ。蜥蜴たちはもう死んでいましたが」
「ヴァイレフたちか、あるいは犯人が倒した」
「おそらく。さて、ヴァイレフさんたちは何故罠に掛からなかったのでしょう?」
天気屋が質問する。ミルたちとヴァイレフたちの違い。それに根本的な問題。
「まずギルドの地図に落とし穴の罠があるのがおかしい。それをミルたちが探っていた痕跡がある」
「ヴァイレフさんたちはミル姉たちよりも遺跡の深くまで進んでいます。地図は自分たちで描いたものか、地図商で購入したものを使っているのでは?」
私の言葉をレイが継ぐ。その目には静かな怒りが宿っている。
私は落ち着かせるため、レイの肩にポンと手を置く。怒りと緊張に強張った肩が少しほぐれるのを感じる。
「なら偽りの地図を用意したギルド職員が一番怪しいわね。偽りの地図を上手く採用させたハイエナチームが、酒場で目を光らせていた可能性もなくはないけど」
私の言葉に天気屋が頷く。
「ではセルカの町に捜査に戻りましょう。アンヘルくんは遺体の回収を命じてもらえますか?」
言われなくてもそのつもりだった。骸骨たちに合図を送ろうとすると、その前に向こうから信号が送られてくる。
「誰かが侵入してきたわ。場所を移して警戒しましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます