03 火種



 翌日、まだ太陽も顔を覗かせる前だけれど、冒険者ギルドは騒がしかった。

 依頼を受ける者、挑む洞窟や遺跡の資料を請求する者、酒場で早い朝食を食べる者、挑む遺跡での作戦を話し合う者。冒険者たちはもう動き始めている。


 低血圧の私には少々つらいが、冒険者たるもの早起きは必須技能だ。資料とメモを読んでからやってくる天気屋は、私よりもだいぶ早い時間に起きていることだろう。

 目をこすり少しふらつく私と違い、天気屋はいつものように真っすぐな姿勢で立ち、口元に孤の形の笑みを浮かべている。


「お願いします! その槍を譲ってください!」

 騒がしい中でも高く響く少年の声。何事かとそちらを見ると、中背でツンツンと金髪がはね、もふもふな尻尾の垂れ下がった狐耳の少年が、大柄な冒険者の服を掴んでいる。

 筋肉が隆起する肉体の上に困り顔を乗せる大柄の冒険者。彼は短く刈り上げた頭を掻きながら、少年に告げる。

「いや、譲らねえとは言ってねえよ。魔力の付与はされていないとはいえ、質はいいからな。それなりの金額を用意してくれば譲るって」

 下を一度見て、さらに訴えようと見上げた少年を、大柄の冒険者は遮る。

「お前、でも、って言おうとしただろ。ミルの形見が欲しいってのは分かるが、あいつに冒険者として認められたがっていた奴が、恵んでもらうような姿勢でいいのか? 実力で示すのが冒険者だろうが!」

 言っていてだんだん熱くなってしまったのだろう。皆の視線を一斉に集めた大柄の冒険者は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

「俺はしばらくはこの町にいるし、質屋に売ったりもしないから、自分で何とかしろ」

 ぶっきらぼうに言う大柄の冒険者に、少年はしっかりと頷いた。

 良い光景だ。少年が一人前の冒険者になれるといいな。


 その光景を共に見ていた天気屋が私の耳元に口を寄せ、ささやいてくる。

「ミルという名前が出ましたね。このギルドでの一番最近の死者の中に、その名前がありました」

 そういえば、資料にそんな名前があった。形見という発言もあったし、おそらくその人物のことだろう。

「ザガリアマ火山洞窟内の遺跡だったわね。そこから調べてみる?」

 私も天気屋の耳元にささやきを返す。天気屋は私が届くように身を屈めるが、仮面に遮られた耳が見えることはない。

「そうしましょう」と天気屋は頷く。


 掲示板を見ると、ザガリアマ火山洞窟に関わりがあるのは洞窟内の火山蜥蜴とかげの駆除ぐらいのようだ。

 天気屋がその依頼票を手に取る。

「あの……」

 小さな高い声に振り向くと、先程の少年が不安げに狐耳を動かし、こちらを見つめていた。先程目立ってしまったから、声の大きさには注意したようだ。

「なにか?」

 振り返る私の視線を受け、少年は少し頬を染める。少年には私の美貌は少し刺激が強すぎるのかも。


「その洞窟に行くんだったら、僕も同行させてください!」

 声は抑えているが、意気込みを感じる。こんな怪しい仮面の男に付いていこうと言うくらいだし。

「いくつか条件を飲んでいただけるなら構いませんよ」

「え? 連れて行くの?」

 悩みもせずに承諾した天気屋に、私は疑問の声を上げた。

「何でもします! お願いします!」

「そういうことは条件を聞いてから言わないといけません。犯罪に巻き込まれてしまうかもしれませんよ」

 前のめりに言う少年に天気屋は釘を刺す。

「あ、そっか。法に触れない内容にしてください! ミル姉にも、そう言われてたんだった」

 少年はそう言って瞳をかすかに濡らす。それでも必死に沈んだ顔は見せまいと表情を作っているのが分かる。


 死による別れは、誰にでも訪れるものだ。冒険者をしていれば、それは多く訪れる。日常の一部として割り切っていかなければならない。

 それが理屈だが、簡単に割り切れる奴なんてほとんどいない。だから冒険者はそれぞれ自分なりの別れの儀式をするのだ。酒を捧げたり、笑える思い出を語ったり、持ち物に名を刻んだり。

 少年はまだ自分なりの儀式を見つけていないのだろう。私たちに付いてくることが彼の儀式を探す旅になるのかもしれない。


「言い遅れてました、僕はレイです」

「どうもご丁寧に、マスクドと呼んで下さい」

「エンジェよ」

 天気屋は芝居がかった仕草で、私はぶっきらぼうに、名乗る。レイと名乗った少年を連れて行くべきだろうか? 情だけで判断するわけにはいかない。

「エンジェさんも構わないでしょうか? 火炎蜥蜴とは戦闘経験もありますし、足手まといにはなりません!」

 レイの瞳は真っ直ぐだ。彼の付いていきたい気持ちは分かる。


 だが、悩ましい。見知らぬ人間を連れて行く時点で足手まといなのだ。私の能力を十分に発揮できないから。

 でも、彼は犠牲になった冒険者と親交があるようだ。色々な情報を得ることができるかもしれない。こちらは利点だ。

 天気屋は悩まずに条件を飲めば構わないと言った。ということは、レイには身分を明かすということか。それならば、私の死霊術ネクロマンシーも使える。しっかりと口止めできるかが問題だ。人格的には今の所信用できそうな気もするが、うっかりらしてしまいそうな気もする。


 ちらりと天気屋を見る。天気屋は何故か満足そうに頷いている。

 なに、そのリアクション?

 まあ、調査がある程度進んだら洩れてしまっても大丈夫か。早く情報を集める方が優先順位が高いと。

「いいわ、レイ。こちらの指示にはきっちりと従うように」

 私もレイに対して頷き、同行を認める。安堵し、気合いが入ったのだろう、私を見つめるレイの瞳の輝きが強くなり、狐耳がひくひくと揺れ動く。

「エンジェさんは同年代なのにしっかりしていて凄いですね」

「は? 明らかに私の方がお姉さんでしょ?」

 レイは私と天気屋のちょうど間くらいの身長で、私より体こそ大きいが、まだ筋量も発展途上だろう。なにより精神面で明らかな年齢差を感じるはずだけど?

「はっはっはっはっは、確かにエンジェは肉体的には色々ととぼしい所はありますが、おそらくレイくんより年上ですよ。レイくんは十五歳くらいですか?」

「はい、もうすぐ十六になります」

 私の「おい」という低い抗議の声は、レイの高い声にかき消された。だが、これではっきりした。

「私は十七だから、先輩をしっかりと敬うように」

「あ、そうなんですね。分かりました」

 うんうん、素直でよろしい。一度勘違いしたことは許そう。

「エンジェは僕のことを全く敬っていませんが?」

 天気屋の発言は無視。さっさと依頼を受けるためにギルドの受付へ向かう。


 昨日の受付嬢の前には数人並んでいる。彼女は冒険者にロザリオを掲げ、まじないを施している。

「エンジェさんたちはセルカに来たばかりですよね。受付嬢のリュデットさんの幸運の加護は凄いって、ミル姉も言っていました」

 私の視線の先の受付嬢を見て、レイは私に説明する。


 昨日の夜、宿の部屋を確保した後、酒場でトルムたちのような友好的な冒険者からもここの話を聞いたが、そのときもリュデットという受付嬢は話題になっていた。

 なんでも彼女に幸運の神の加護をかけてもらうと、盗賊の鼻が利くようになり、遺跡の冒険で有益な品を見つけられることが多いという。

 彼女が今も冒険者の鼻にちょんと触れていた。ジンクス的なものかとも思ったが、しっかりと魔力を感じるので、きちんと加護を行っているのだろう。

「何かを見つけたいときは彼女に加護を頼むと良いそうですよ」

 レイはふわふわの尻尾をゆったりと振り、私を見つめる。

 何かは見つけたい。財宝ではなく、ここの問題点を。

 天気屋に視線を向けると、口元にいつもの笑みを浮かべてリュデット前の列に並んだ。

 私とレイもそこに並び、しばらく待つと順番になる。


 昨日はさほど注視していなかったリュデットの姿。栗色の髪に、はしばみ色の瞳。目は大ぶりで直線的な鼻筋。なかなか整っている。

 身長は高く、レイとほとんど差が無い。胸元には左側にリュデットと書かれた名札と、中央に幸運の神のロザリオが揺れている。ロザリオからは神の加護だろう、魔力を感じる。美しい刻印が施され、確かな品のようだ。


 観察する私に気付き、リュデットは微笑みを返し目を細める。

「やることはお決まりになりましたか?」

「ええ、ザガリアマ火山洞窟についての資料が見たいのだけれど」

 私の言葉に合わせて、天気屋は依頼票をリュデットに手渡す。リュデットは紙束を取り出し私に渡すと、手元の書面に記入を始める。

「依頼の火山蜥蜴の駆除はC級の実力があれば難しくないでしょう。それよりも自然環境に注意してください。もし、その奥の旧文明遺跡に興味があるのでしたら、十分な注意が必要です。まだ踏破されていないので、旧文明の遺物はあるでしょうが、その分未知の危険が潜んでいると思われます」

「この町に来たのだから、当然旧文明遺跡の攻略まで考えているわ。ギルドの方では遺跡についてどの程度把握しているの?」

 セルカに通常の依頼だけを受けに来るC級やB級の冒険者はいないだろう。繋ぎにすることはあるだろうが、本命は旧文明遺跡だ。だから、そこを調査しなければ意味がない。

「ギルドの方で把握しているのは浅い部分だけです。そこまではギルドから安価で提供している地図にも記されています。ここで見つかった遺物は熱を利用した単純で機能的なものが多いので、遺跡は『力の製造所マグニファクトリー』と呼ばれています。それ以上に遺跡の詳しい内部情報が欲しければ地図商で購入するか、先行している冒険者に頼むか、ですね。値は張ると思いますが」


 遺跡に近い場所では地図商と呼ばれる情報業者たちがいる。冒険者が自ら読み解いた遺跡の情報は貴重な財産、それを買い取り独自に情報をまとめ上げるのが地図商だ。冒険者本人がそれ以上進めなくなったとしても先行したことは報酬になる。

 地図商からの購入となると、旧文明遺跡で成果を上げない限り、確実に赤字になる。ここでは購入し赤字を嫌って無理攻めした者と購入せずに情報不足で攻略に挑んだ者、どちらの死者が多かっただろうか。

 王都から持ってきた資料を思い出す。どちらの場合もあるが購入していない者が目立っていたか。ミルたちが全滅したのもそちらだろう。資料の内容は確実とは言えないが。

「とりあえずギルドの地図を購入したいと思います。遺跡は浅いところまで調べて、厳しそうなら地図商も検討します。エンジェもその方針で構いませんね?」

「いいわよ」

 天気屋の言葉は何気なさを装っていたが、その声はギルド内によく通った。レイに方針を示すだけでなく、周囲への宣言か、あるいは牽制か。

 私はあまり頭を動かさず周囲の様子を探る。数組の冒険者グループ、数名の職員に反応があったように感じる。視線をあまり動かさなかったので正確には分からない。ハイエナグループもいるかもしれない。仕掛けた天気屋の方が私より探っているだろう。

「どうぞ、これが当ギルドで調査済みの範囲を記した地図です。銀貨十枚頂きます」

 冒険者の一日分の生活費程度だ。そこに挑む冒険者は確実に購入していると考えていいだろう。

「レイくんはD級ですので十分に注意してくださいね」

 十五歳でD級はかなり優秀だ。足手まといにならないと言い切るだけのことはある。資質だけで言えば相当なものなのだろう。だけど、経験が足りない。旧文明遺跡の奥の方までは連れて行くわけにはいかない。

 そうなると、今日のところは天気屋の宣言通りの調査といったところか。


「リュデットさん、幸運の加護をお願いします。ミル姉の遺品をきちんと回収したいんです」

「分かりました。でも、無理は禁物ですよ」

 それまで大人しく頷いていたレイの言葉を受け、リュデットは祈りをささやく。小声で聞き取り辛い。ある種の神聖言語デアラムリングァだろうか、私の聞いたことのない言語のようだ。

 リュデットはささやきを指に吹きかけ、ロザリオを撫で掲げると、レイの鼻先にそっと触れる。構築された魔力は加護に変換される。レイの鼻先に残るその構成は幸運の加護の術式にアレンジが加わっているか。あるいはそのアレンジは地域的な特徴かもしれない。

「エンジェさんも顔を近づけて下さい」

 リュデットは観察する私の視線に恥ずかしそうな表情を浮かべながら手招きする。一瞬ためらうがしてもらった方が自然だろう。私はリュデットの手の届く範囲に近づく。

 リュデットはレイにしたのと同じように祈りを捧げ、私の鼻先にそっと触れる。魔力を鼻先に感じる。普段と異なるわずかな違和感。ただそれだけだ。皆の評判になるような効果はどう表れるのか不明だ。


「僕もいいですか?」

 天気屋の口元の笑みはいつもより大きく、本当にうれしそうに形作られている。

「えっと、いいですけど、仮面越しでいいんですか? 効果があるか分からないですけど」

「仮面は外せませんし、せっかくのおまじないですので、ぜひお願いします」

 祈りは同様に繰り返され、天気屋の仮面の先にリュデットの指先が触れる。なんとも言えない表情のリュデットとは対照的に、天気屋は満足げだ。

「銀貨三枚頂きます」

 気を取り直したリュデットは天気屋に笑顔で告げる。

「サービスじゃないんですね」

「魔力を使っていますので。レイ君とエンジェさんはサービスですけど」

 確かに魔力を使ってもらって無料などというのは虫のいい話だ。

 銀貨を支払う天気屋の口元はいつもの笑みの形に戻っていた。

「不条理な世の中です」

「そんなことありませんよ。ではザガリアマ火山洞窟について詳しく説明していきましょう。資料をご覧になってください――」



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