02 火山の麓



 リアマ火山の麓、旧文明遺跡群に挑むために作られた町セルカ。南東にはリアマ火山から濃灰色のうかいしょくの噴煙が力強く立ち上っている。

 夕暮れ時のセルカは暗く、道を歩く人影も少ない。海からぬるく湿った風が吹き、歩くわずかな人々に降る灰を貼り付かせていく。

 周囲の石造りの建物は窓がしっかりと戸板で覆われ、中にいるのであろう人々を感じることはできない。


 私と天気屋は早足で冒険者ギルドに辿り着くと、その軒下のきしたで灰を落とす。私は傘と服の裾、天気屋は外套と仮面に付いた灰を。

 セルカの冒険者ギルドの建物は帝都のものよりも大きい。帝都の冒険者ギルドは業務専用で支店もあり、セルカのものは複合施設だという差はあるけれど、それにしても大きな建物だ。積もる灰でくすんではいるが、彫刻の入った白の大理石を用いた建物はこのギルドが裕福であることを示している。

 天気屋は外套をたたむと、入り口の扉を開け、私に早く入るよう促す。私が入ると天気屋も素早く中に入り、すぐさま扉をしっかりと閉める。


 中はアルコールの匂いに満たされていた。外の光の入らないこの場所は多くのランプで照らされいる。

 空気の流れを肌で感じる。淀まないよう対策が施されているようだ。

 外の人通りの少なさに反比例するかのように、冒険者ギルド併設の酒場は混雑していた。併設の宿に泊まる冒険者も多いのだろう。


 喧騒の中、こちらへのたくさんの視線を感じる。

「おいおい、お嬢ちゃん」

 男の低い声が響く。私に掛けられた言葉だろう。

 目をつけられたかな? セルカは旧文明遺跡群に挑む冒険者の集まる町だ。冒険者たちは皆それぞれ競争相手。潰せるライバルは先に潰しておきたいと、牽制してくる者がいてもおかしくはない。

 私は胸を張り、呼ばれた方を見る。動きに合わせて銀髪がさらりと流れる。

「そんな怪しそうな奴と二人で大丈夫なのか? ここの遺跡群は危険だぞ?」

 違った。私を見ているのは心配そうな表情をしている中年の冒険者だ。鍛えられた肉体と傷痕の残るいかつい顔にその表情は似合っていない。

 どうやら善意で話しかけてきたようだ。

「兄は呪われた仮面をかぶって外せなくなるような間抜けだけど、冒険者としての実力は確かよ。もちろん、私もね」

 私のような可憐な少女は、実力を過小評価されやすい。話しかけられたついでに、挨拶代わりのアピールをしておくのも良いだろう。

 私が天気屋に冷笑を向けるが、天気屋はいつものように口元に弧を描く笑みを浮かべている。

「はっはっはっはっは、かれこれ三年になります」

 天気屋の一定のリズムを刻む笑いに、中年の冒険者は気圧けおされる。

「そ、そうか、大変だな」

「いえいえ、慣れました。しかし、エンジェには兄を敬ってほしいものです」

「敬ってほしければ、敬意に値する行動をすることね」

 私たちのやり取りに好意の視線を向ける者、興味を失う者、奇異の視線を向ける者、様々である。私に熱のこもった視線を向ける者もいる。

 ともあれ自己紹介代わりにはなっただろう。今後の円滑なコミュニケーションの役に立つ。


 今回の主目的はギルド全体としての死亡率の高さに、何か問題があるのか調べること。それを調べるには冒険者として実際に体験してみるのが良いだろう。

 そのため、今回私と天気屋は冒険者として偽名を名乗っている。話し合いの結果、なぜか兄妹という設定をつけられた。先に設定資料を準備してきていた天気屋は卑怯だと思う。

「ま、兄妹だったら余計な心配だったな。嬢ちゃんが悪い男に騙されてるかと思ってな」

 あー、間違いではないような気がする。私も悪い男に騙されている可能性を否定できない。天気屋もそうだが、親王には決して気を許せない。

「トルムだ。何か困ったことがあったら、話ぐらいは聞いてやるぜ」

 そう言うと、「どうも」と応える私に背を向け、片手を振り、トルムと名乗った中年の冒険者は酒場の自分の席に戻っていった。年季の入った味のあるテーブルで彼は仲間たちと食事を再開する。

 話しやすい奴がいるのは後の調査の役に立つので助かる。


 私たちは酒場側ではなく、まずはギルドの受付の方に向かう。掲示を軽く見るが大した依頼はない。依頼とは関係なく旧文明遺跡に挑む者が多いのだろう。

 今日のところはセルカの冒険者ギルドへの所在地変更だけしておこう。所在地の記録は帝国における冒険者の管理の一つだ。冒険者の安否は分かりにくいので、冒険者ギルドの利用の際には必須となっている。


 濃いグレーの大理石を用いた硬質なカウンターは、冒険者ギルドに用いられるのは珍しい。木材を基調とし暖かみのある酒場側と異なり、適度な緊張感を与えるデザイン。冒険者たちの意識の切り替えを目的としているのだろう。


 私はカウンターの向こうの受付嬢に「よろしくね」と認識票ドッグタグを差し出す。天気屋も同様だ。

「お二人とも帝都で登録されているんですね。C級のエンジェさんと、B級のマスクドさんですか……。すごく……、見たままな名前ですね」

 天気屋の偽名を確認して、受付嬢は苦笑する。

「ええ、もちろん本名じゃありませんよ。でも、分かりやすいでしょう? 安心してください、犯罪歴などはありませんよ」

 帝都の刻印が入った認識票は、親王殿下の指示で用意されたなものだ。いかに怪しくともはない。


 天気屋の言葉を聞いて受付嬢は今度は自然にくすくすと笑う。

「面白い方ですね。登録名がマスクドだということは、先程聞こえた話は本当なのですか? それにしては匂いなどは無いようですが」

「本当ですよ。匂いがないのは僕自身不思議に思っています。エンジェの方が匂うかもしれませんね。はっはっはっはっは」

 こいつ、死霊術士ネクロマンサーが気にしていることを……。

 私は天気屋の足を全力で踏みつけ、その不快な笑いをとめる。

「仲がよろしいのですね。エンジェさんは甘くて良い香りがするので、そういう意味で匂いがあるとお兄さんは言ったのでしょう」

 いいえ、違います。こいつはわざと挑発してきました。

 爽やかに微笑む受付嬢に、私は心の中で反論する。

 そんな私を見て受付嬢の笑みがまた苦笑に変わった。私の怒りが心の中にとどまらず表情に出てしまったのかもしれない。

「あとはサインすればいいかしら?」

「あ、はい。所在地変更の処理だけでしたら、それで大丈夫ですよ。今は依頼よりも宿を取った方がいいかもしれませんね。私は明朝も受付をしていますので、よろしければ明日も話しかけて下さいね」

 私と天気屋は名簿にサインし、にこやかな受付嬢に見送られ、その場を離れる。


 しかし、天気屋と平然と話ができるなんて、あの受付嬢は物怖じしないタイプのようだ。この冒険者ギルドでは天気屋並みにおかしな人物が他にもいるのだろうか?

 そう考えると気が重くなった。



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