CASE2 灰の降る町

01 煙火



 リアマ火山は海に面した活火山で、粘度の低いマグマが緩やかに吹き出し続けている。海側では新たに生まれた噴火口が望め、青い海に注ぎ込む輝く溶岩は自然の雄大な力、人間の矮小さを思い知らせる。そして、リアマ火山には無数の火山洞窟が存在していた。

 そこには麓近くの町セルカの冒険者ギルドから、毎日のように恐れ知らずの冒険者たちが訪れる。なぜなら火山内部には旧文明遺跡群が存在するからだ。

 その一つ、ザガリアマ火山洞窟。

 大きく口を開き待ち受けるその洞窟は、いくつも枝分かれし侵入者を惑わせる。内部には環境に適合した熱や毒性を帯びている魔物が徘徊する。

 危険度は高いがリアマ火山にある火山洞窟の中では中程度といったところであろう。

 そして最も大切なことは、内部の旧文明遺跡がまだ踏破されていないということ。

 

 つまり富や名声を求める自信家の冒険者にとっては絶好のスポットなのだ。

 今日もこの洞窟の内部、旧文明遺跡の崩れた外壁から、遺跡のさらに奥へと侵入する冒険者たちが一組。


「ヒギンスぅ、まだ終わらないのぉ?」

 パーティーの最後尾、通路の丁字路で槍を振り回して暇をつぶしていた軽装の少女が、飽きたのかその場に座り込む。

 先頭で妙な光沢をもつ通路の白い石壁を調べていた盗賊のヒギンスは、そちらを見ることなく言い返す。

「うるせーよ、ミル。旧文明遺跡の罠に掛かって、一同お陀仏になりてーのか?」

「だって、暇なんだもぉん」

 ミルと呼ばれた少女は胡坐あぐらをかき、頬を膨らませる。抱え込んだ槍の穂先はゆらゆらと揺れている。

「まあ、待ってろって。この先にはお宝がありそうな気配がビンビンするぜ。この前、旧文明遺物のブーツを手に入れたときと同じ感覚だ」

 ヒギンスの言葉を聞き、ミルは自分が履いているブーツを見るとぺしぺしと叩く。旧文明遺物のこのブーツは脚力が強化されるというシンプルなもの。それゆえに使い勝手が良く、ミルはとても気に入っている。

 ミルはお宝の期待に胸を膨らませ、少しの間大人しく待つ。ぬるま湯にかっているような暑さに汗が滴る。

「ここは暑いし、さっきなんかにおってきてたし、くつろげないなぁ」

「寛ぐな。おめーは魔物を狩ってろよ」

 ヒギンスはミルに目を向けず、壁を慎重に調べ続ける。床には罠を探るために撒かれた砂が薄くかかっていた。


 ヒギンスとミルのちょうど中間で、不可思議な文様のローブに身を包んだ青年が、ミルの言葉を聞いて、いぶかしげな表情になる。

「僕には分らなかったんだけれど、臭いあったのかな? 風をまた流そうか?」

 そのローブから青年が紋章術士であることが分かる。紋章術は帝国で最も流通している術形式で、最も研究され、最も定型化されている。紋章と呼ばれる力ある文字を用いた術構造圧縮は汎用性に優れ、制御も容易。デメリットは定型化により環境への細かな適応が難しいため、ほとんど空間の魔素を用いず、自分の魔力を消費せねばならないことだ。

「今は臭いないから大丈夫だよ。クトゥークは魔力温存しないと奥までもたないよ」

 ローブの青年クトゥークの言葉に、ミルはいやいやと手を振って応える。

「ミルは鼻が敏感だからな、獣人の血が入ってるから」

「頼りになる」

 ヒギンスの言葉に付け加えるように、全身金属鎧の男がぼそりと言う。ヒギンスから少し離れた位置に立っている彼は、少し息苦しそうだ。

「クトゥークもガニメデも暑くて大変そうだねぇ」

 クトゥークは大丈夫だと軽く応じようと思ったが、ゴホゴホと咳が出始め返事ができない。


「なんだ? ここに何か――」

 壁を触っていたヒギンスは言葉の途中で突然糸が切れた人形のように倒れる。受け身を取らず頭を打ち付け、ゴッと鈍い音がする。ヒギンスは倒れたまま動かない。

 クトゥークは異変に気付き、術を使おうとするが、目や呼吸器に鋭い痛みが走り、術式を編むのに集中できず、詠唱をすることもできない。

 そのわずかな間で、今度はヒギンスを助けようと一歩近づいたガニメデがそのまま倒れ込む。金属鎧が床に叩き付けられる派手な音が鳴ったはずだが、クトゥークには何かを隔てているかのように遠くの音に聞こえた。


「え? なんで?」

 仲間たちの様子に驚いたミルは立ち上がろうとするが、足元がおぼつかず、よろめいてしまう。そこに横から強い衝撃を受け、再び倒れる。重い頭を起こしてみれば、視線の先にはちろちろと火種をこぼす火山蜥蜴とかげたち。

 一体いつの間に近づいていたのか。多少気を抜いていたとはいえ、ミルの鋭敏な感覚はこの距離まで魔物の接近を許すはずがない。

 蜥蜴たちが口を大きく開いて迫ってくる。

 突然どうして? 遺跡の罠が発動してしまったの? ボクがヒギンスの気をそらしてしまったから?

 それがミルの最期に考えたことだった。





 私は帝都の私邸で優雅に紅茶を飲む。強い香味が鼻を抜け、爽やかな渋みが舌を刺激する。主張は強いが心地よい味。

 私は猫足の椅子に腰掛けたまま窓の外を眺める。

 北向きの窓からは陽の光は射し込まないが、外は明るく、庭の白薔薇のつぼみも膨らみつつある。敷地の外、塀の向こうには無縁墓地が広がっている。

 無縁墓地の先には共同墓地があり、墓参りに訪れる人もいるだろう。その先には墓守の家や神殿がある。つまりこの邸宅は街の中心から大きく外れた無縁墓地の奥にひっそりとたたずんでいる。そんなところにまともな人が来るはずもない。

 私は外の景色を楽しみながら、焼き菓子をつまむ。それを見て給仕の骸骨スケルトンは空になったカップに紅茶を注ぐ。


「――という訳でですね、アンヘルくん。次の仕事の場所はリアマ火山の麓の町セルカですよ」

「嫌よ」

 私は邸宅に訪れているまともではない人物に即答する。私の即答に天気屋は仮面に覆われぬ口をへの字にして応じる。

「暑い場所は死霊術士ネクロマンサーの天敵なのは分かりきっているでしょ。リアマ火山は海のそばで湿度も高いし最悪よ」

「それは分かっていますが、仕事なので――。セルカの冒険者ギルドの死亡率は、旧文明遺跡群があるとはいえ、少し高すぎます。何か問題があるはずです」

 それは分かるけれど私が行かなくてもいいのではないか。調査委の人員の少なさがネックになるけど。

「火山に着ていく服がないわ」

「買ってください」

 天気屋の態度は変わらない。

 むう、どうしても行かなければならないのだろうか。

「グリゼルガに行かせたら? 暑さに強そうな響きの名前してるし」

 私は今帝都にいる同僚を雑な理由で推挙する。

「グリゼルガくんは最前線の軍で虐殺がなかったか、調査に向かう予定です。代わってもらいますか?」

「服を買いに行くわ!」

 冗談じゃない。軍になんて潜り込むことになったら命が幾つあっても足りない。

 天気屋の口元がいつもの緩やかな弧の形を描く。この展開を読み切っていたのだ。無機質なくせに、なんて腹立たしい男なのか。

 メイドの不死者アンデッドに買い物の支度を命じる私を尻目に、天気屋は給仕の骸骨の注いだ紅茶を美味しそうに飲み干した。




 ゴオォと筋肉だるまのファビオくんが悲しそうな声を上げる。

「それじゃあ、お留守番よろしくね」

 残念ながらファビオくんは連れて行けない。火山になんて連れて行ったら継ぎ目からいろんなものが出てきかねない。

 同様の理由で肉のある不死者たちは連れて行けない。なので今回の同行は骸骨隊のみだ。

 大荷物は持っていけない。お気に入りの椅子も持っていけない。不便だ。火山対策の品は必須なので不死者たちがほろ馬車に詰め込んでいく。


「ファビオくんは私が留守の間、庭の手入れお願いね。他の子たちはいつも通り屋敷の維持を頼むわ」

 暖かい太陽の光の下、ゴォと泣くファビオくんと、うやうやしくお辞儀をする不死者たち。

 この中庭に白薔薇が咲き誇る頃には戻ってこられるだろう。本当はその時までこの邸宅で観察していたかったけれど。

 準備を待っていた天気屋が私に近づいてくる。

「準備はいいですか? アンヘルくん、薄手のスカートのようですが、その服装で大丈夫ですか?」

 確かに今はグリーングレーの薄手のフレアスカートに肘先までの丈のゆったりとしたベージュのシャツを着ている。

「うるさいわね。ちゃんと探索用のパンツスカートを冒険者御用達の仕立て屋で買ってきたわよ。丈夫で運動性の優れたやつをね」

「それを聞いて安心しました。では参りましょう」

 天気屋は一足飛びで馬車に乗り込む。音もなく素早い動き。

 私は常人なので、あんな動きはできない。

 でも自分はフォーマルな服を着ているくせに、私の服装に文句をつけるのはやっぱりムカつく。


 私が馬車に近づくと、荷積みを終えた骸骨が私に手を差し伸べる。私を優しく馬車に引き上げる彼の髑髏しゃれこうべの赤のペイントは、今日もよく似合っている。

「今日は街道上のフィノイエの宿場町まで行きましょう。少々遠いですが、そうすれば雨の影響を受けず、セルカに向かえますよ」

 天気屋は大気の状態を魔素、瘴気含めてある程度の期間の過去、未来にまたがって広範囲で読み取れるらしい。私も集中すれば現在かつ近辺の魔素や瘴気は読み取れるが、過去や未来まで分かるというのは異質な能力だ。

 天気屋は現在に限れば、怪異の気配まで広範囲で感じ取れる。

「そういう面ではあなたの能力って便利よね。多少暗くなっても私の御者には影響ないし、旅路には相性いいわ」

 珍しく私が天気屋を褒める。まあ、本心だし。

「本当は鳥のように飛べれば一番速いのでしょうね」

 天気屋は突拍子もないことを言う。

「あなた飛べるの? 初耳なんだけど」

「理論上は飛べるような気がします。まあ、安全に着地できませんが」

 いや、自殺じゃん、それ。

「それって矢みたいに射出されてるだけなんじゃ?」

「そうですね。残念です」

 天気屋の考えることは本当に想像できない。

 ただ、魔術を究めた者の中には、鳥のように飛べる者もいるという。そんな風に飛べるのだったら、とても気持ち良いのだろうな。


「帝都を出るまでは、僕が馬を操りましょう」

 天気屋が手綱を取り、馬車がゴトゴトと走り出す。

 外は良く晴れ、心地よい日和ひより。優しい風に草花がそよいでいる。

 馬車の中には私と六体の骸骨。私の世話を焼く一体と、まだリラックスしている残りの五体。

 長時間の移動になる。私は骸骨に差し出された毛布を尻に敷く。まだ揺れは大したことないが帝都から離れるほど酷くなることだろう。

「セルカの天気はどうなのかしら?」

 何となく天気屋に尋ねる。

「そうですね。予定の時間通りに到着すれば、灰が降っていることでしょう」




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