第6話
第六衛星観測所の監視から帰ってきたカイジは、研究室には戻らずに地下にある資料室に向かった。地上で最も高層であり、地上二百二十階から地下十六階まである政府機関を兼ねた科学センタービルディングがカイジの職場である。
科学者が政治を統一するようになって半世紀、先駆者である彼の祖父はこの街に数々の貢献を齎した。食物連鎖の最下層であるバクテリアの減少に伴い開発された人工養土を始め、種の多様化を促す為の動植物の遺伝子保存技術、交通機関や観測所を取り締まる監査ロボットの開発、人口管理の統制など、街全体に関わる様々な問題を解決へと導いた。
数年前に祖父は亡くなってしまったが、カイジは祖父を心から尊敬していた。彼と同じ道を歩むという決心がつくのにも時間は掛からなかった。ふと、カイジは祖父が云っていた言葉を思い出す。
『行き着くところは皆同じ。生き付く先は絶望も残らないだろう。』
何か大きな仕事を成し遂げると、彼は悲しそうな瞳をどこか遠い日を見るように向けてよく呟いていた。幼かったカイジには理解出来なかったが、今ならば祖父の云いたかったことは微かであるが分かる気がしていた。
地下専用のエレベーターホールでは同僚のユンナがカイジを待ち伏せていた。白衣を着た彼女は腕を組み、大理石の柱に凭れ掛かっていた。
「行き先が違うんじゃないの?ここに上層階へ行くエレベータは無いわよ。」
判り切ったことを云いながらゆっくりと扉の前まで歩き、カイジの行く先を遮った。
「…今日、社会見学に甥が来ることになっているんだ。その為の資料を、」
「誤魔化さないで。…とうとう私にも通知が届いたわ。明後日には病棟入りよ。」
「病棟入りだなんて、只の身体検査じゃないか。」
「そして実験台にされるんでしょう?何年このプロジェクトに携わっていると思っているの?患者達のクリーン化は、私たち技術者の成果なのよ。」
「ああ、僕たち無しでは成り立たなかっただろうさ。」
カイジはユンナを真っ直ぐに見据えて云った。
「嘘。私たちは踊らされただけでしょう?アーズ参事官と、あなたに。」
射るような瞳でカイジを見返したユンナは、悔しさの為か顔色が失せ青白い。
「ユンナ、君は疲れているんだ。顔色が良くないよ。暫く休職した方がいい。プロジェクトは我々に任せて、」
「ふざけないで。」
声を荒げたユンナが、カイジに歩み寄り彼の白衣の裾を掴み上げた。
「云いなさいよ。何を企んでいるの?一体、何を“しよう”としているの?」
「落ち着けよ、ユンナ。」
冷静に答えたカイジに、ユンナは憤りの溜息を吐き乱暴に手を放した。
「住民のクリーン化は間もなく終了するわ。ウィルスは予想外に効率良く働いているし、記憶装置の維持にも問題はない。新都市を迎える準備は整っている。…後は“出発”するだけよ。」
「君の云う通りだよ。」
表情に変化の表れないカイジに、苛立ちの色を濃くしてユンナが問う。
「じゃあ、何故私たち技術者や管理職まで
「
「…そう、何処までもシラを切る気ね。」
分かったわ、と小さく息を吐き出す。諦めたのか、彼女は振り切れたように視線をカイジから外した。そのとき、司令塔によるカイジの呼び出しが掛かった。
「参事官からお呼び出しよ。さっさと行きなさいよ。」
見届けるようにその場を動かないユンナに、カイジは無言で背を向けて歩き出そうとした。
「最後に一つだけ教えて。」
冴えた声がカイジを呼び止めた。彼は振り向かず足だけを止める。
「現代においての移植技術というのはまさに神業としか思えない程の素晴らしい進歩を遂げてきたわ。臓器、血管や筋など人体移植から始まり、遺伝子などの人体情報移植まで。そのお陰で、この世界の人間にとって身体欠陥といったものは皆無だわ。」
「・・・・・。」
何が云いたい、とは口にも出さずに何の反応も伺えないカイジにユンナは言葉を続けた。
「ねぇ、“記憶の移植”というのは可能かしら?」
続く
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