第5話
ICE・TOWN
ミザが頓に記憶力の低下の心配をするようになったのには訳がある。
最近、彼は昔のことが思い出せなくなっていた。幼い頃は勿論、ヒロミとの出会いや、クラスメートの名前。ときには行きつけの図書館などの施設の場所さえも思い出すのに暫しの時間を要する。
ミザは、このまま自分が記憶喪失になるのではないかと危惧している。その代わり、ミザのものではない違う記憶が彼の頭の中を占領することが多くなった。
「憶えていないだけだろう。お前は忘れっぽいからな。」
そう云って足取りの重いミザを促すヒロミは、昨日最後に見せた真剣さは表情にはなく、いつもの気取った態度で意気消沈している友人を窘めた。
「僕には時々、見たこともない海や街や人、触ったこともない動物や植物に触れる映像が頭に浮かぶんだ。《ICE・TOWN》以外の世界を知らない筈なのに。」
困惑したように呟くミザに、ヒロミは少し呆れたように溜息を吐く。
「そんなの、曖昧な記憶の集合体がでたらめな虚像を見せているに過ぎないさ。書籍で読んだり、端末で得た情報などを知らない内に自分の記憶に融合させているんだ。」
「でも僕は・・・。」
「考え過ぎだよ。」
ヒロミは半ば怒った声音で、不安で瞳が翳るミザの言葉を遮った。
「それよか、急ごうぜ。カイジ兄さんは時間には煩いんだ。」
思い出したように急にトーンの明るめな口調で肩を窄めて歩き出したヒロミに、ミザは自分たちの目的を思い出した。
「ごめん。間に合うかな?」
早足の友人に歩幅を合わせて付いて来たミザだが、まだ腑に落ちない様子が伺える彼にヒロミは小さくフッと笑った。
「大丈夫だろ。」
そう云ったヒロミが、一瞬意味深な瞳をミザの横顔に向けたのに、彼は気づかなかった。人気の少ない中央地区セントラル街の地下メインストリートを、二人は目的地である科学技術センタービルに向かって進んで行った。
続く
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