第4話

 空気中を漂う蒸し暑い空気に、視界まで霞むのか、見上げた満月はぼんやりとして、輪郭が定まっていなかった。昨日より何倍も暑く感じられる外気に、ミザは明日の上昇気温を考えて鬱屈となる。只でさえ人気の少なくなった街には、灼熱の太陽が照らされた地上へ出る者はいないであろう。


 ミザは路肩の街灯を頼りに家路に向かう。丘の上に住まいがある彼は、高層ビルが立ち並ぶ中心街を背に、居住区に続く坂道をゆっくり登った。ミザは、ふとヒロミとの会話を思い返した。明日、この街で起こっている現象について詳しく知る為に行動することを約束している。彼の叔父が科学技術センターに勤めているので、社会見学と偽ってセンターに潜入し、何か情報を得るつもりである。


 終始、どこか意味深なヒロミをずっと不思議に思っていたミザだが、あの真剣な眼差しで訊いてきた言葉には引っかかっていた。彼はこの街には雪が一度も降ったことはないという素振りを見せていたが、ミザには空を舞う白い雪が降ったことがある記憶があるのだ。いつの記憶かは曖昧だが、それは鮮明な映像として残っていた。

 

 しかしこの頃は、記憶の混乱のためかしばし理解不能な映像を齎すので、十分な自信は持てずヒロミに伝えるのは躊躇ったのだった。ミザは小さくため息を吐いて夜空を見上げる。厚い雲がかかり先程まで顔を出していた月の行方を暗ましていた。


海が見える街


 この街にはいつから生命の気配が感じられなくなってしまったのだろうか。崩れた瓦礫で足の踏み場もない舗道、錆びれた配水管が剥き出しのコンクリート、荒廃した建造物が閑散として立ち並ぶ風景。高層ビルが隙間を惜しいと云わんばかりに密集した空間は、かつてここは文明の栄えた大都市であったであろう名残がある。

 

 少年の細い影が、動くものがなくなった大きな交差点の中央に現れる。暦の上では真冬であるが、薄いパーカーを羽織っただけの彼には寒さを感じさせない。長年に亘る温暖化現象により四季のなかの“冬季”は消えてしまった。 

 少年は家族と共に明日、この街を出る予定だった。とうとう少年が住む港町でも、空気中の有毒ガスが濃くなり居住禁止区域となってしまったのだ。少年には、生まれ育ったこの街を出る前にやらなければいけないことがあった。


続く

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