第2話

 ヒロミが向かったのは広場から一番近い、複合施設の中の病棟だった。人工芝生と人工樹に囲まれた敷地にその病棟はある。


「この病棟、確か二年前に閉鎖した筈だよね。」


彼が中等クラスに進学した頃にこの病棟は使われなくなってしまった。そのときの記憶がミザの中には残っている。


「表向きにはな。」


ヒロミは意味深な笑みを口元に浮かべた。


「どういうこと?」


ミザは、ヒロミの云いたいことが分からず彼を見据えた。


「裏の扉から中へ入れる。」


寂れた建物に、人の居る気配は全く感じない。正面玄関には鉄格子がしてある。幾つかある窓には白いシートが貼り付けられ、中の様子は分からなかった。ヒロミの云うとおり、裏口に小さな木製の扉があった。鍵は壊れていて、容易に中へ入ることが出来た。薄暗いその場所は小さなエントランスになっていて、上にも下にもコンクリートで出来た階段が繋がっていた。


「まだ地下があるのか・・・。」


このセントラルパークは、最も深い地下に造られている。恐らくこの地上では一番の低地と云ってよいだろう。


「こっちだ。」


立ち留まっているミザの手を引いて、ヒロミは下へ行く階段をゆっくりと進んだ。暗闇の階段は永久に続いているのかと思われるほど長く伸びていた。今が真夏だというのも忘れる程、コンクリートの壁は冷ややかな空気が立ち込み、辺りには独特の石灰臭が広がっていた。彼らが暫く降りてゆくと、入り口にあったようなエントランスに突き当たった。ヒロミが手探りで扉を開く気配を感じ取り、ミザは不安に身を構えた。

 扉を開けると、ミザの想像を超えた空間が広がっていた。そこには彼らが降り立った中央の通路を隔てて、左右に夥しい数の“患者”が強化ガラスの向こう側に陳列していた。三段層のベッドに規則正しく並べられた彼らは、皆一様に全身を包帯で包んでいる。生きているのか不思議なほど誰も身動きを取らない。彼らの心臓部分には小さな装置が施しており、それぞれ規則的にランプが点滅していた。それが、“患者”達の生命を表すものだということは直ぐに分かる。


「天然痘患者さ。」


息を呑み、放心している彼にヒロミが言葉を添えた。ミザは“天然痘”と、口の中でだけで反芻した。



続く

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