第20話 だから違うって! お母さん!

 たっぷり三十分以上たった頃だ。


「できたぞ!」


 ペン太が大声をあげて立ち上がった。ツルを壊さないよう優しく両手で包み、満足げに笑う。

 尻尾がぴんと伸びていないとか、何度も折りなおされて羽がしんなりしているなど、ユイから見ればまだまだだけど、それは確かにツルだった。


「一回目とは思えないくらい上手」

「だろ?」


 ペン太が得意げに言い、黄色いくちばしを上に向けた。片手で羽をつついてツルを揺らす。


「さすが、図書ペンギンだ。これを故郷に持って帰ったら、質問責めにあうだろうな。ぼくの周りに集まってくる小さな見習いペンギンたちの顔が思い浮かぶ」


 うっとりするペン太に、ユイも釣られてほほ笑む。


「久々に折ったけど、どう?」


 ユイが、色とりどりのペンギンや、金魚やハートなどの作品を両手で広げて見せた。

 ペン太がぎょっとする。


「ぼくが一羽折るあいだに、全部を?」


 今度はユイが胸を張る。


「腕が落ちてなくて良かった。はいっ」

「……ぼくにくれるのかい?」

「うん。そのために折ったんだし。もらって。図書界でピンチの時は、お金代わりになるんでしょ?」

「ユイ、ありがとう。大事にするよ」


 ペン太が優しくうけとり、リュックの口を大きく開けて、片づけた。


「どうする? ツル、もう一回折る?」


 ユイはうかがうように聞いた。ペン太が「ううん」と首を振る。


「作り方は分かったんだ、またどこかで練習しようと思う。ユイ――」


 ペン太の神妙な声に、ユイが折り紙を片づけながら目だけで返事をした。


「四つ目のバッジと試験のことなんだけど――」


 ペン太がそう言った瞬間だった。

 部屋の扉ががたんと音を鳴らした。二人は反射的にその方向を見た。

 上下灰色のスーツ姿のお母さんが、目を丸くして立っていた。自転車に揺られたであろう、ウェーブがかった茶色の髪が、ふわりと広がっていた。


 ――やばい!


 ユイの顔から血の気が音を立てて引いた。

 まず、何をするべき? どうごまかすべき?

 あわてながら、隣のペン太を盗み見た。ピンチになったときに頼もしい図書ペンギンなら、きっとうまく対応するだろう。

 そう思っていたのに、淡い期待はもろくも崩れ去った。

 ペン太は凍りついていた。ツルを下からすくいあげるように両手に乗せ、半開きのくちばしを動かすことなく、お母さんに視線が釘付けになっていた。


(ペン太!)


 ユイの悲痛な心の叫びに、ペン太は一切気づかない。

 お母さんの瞳がゆっくりと曲がった。


「あら、ユイの言ってた友達?」


 緊張をほぐすように話しかけたお母さんの声に、ペン太がようやく反応した。


「えーっと……ヴァンといいます」

「ヴァンくんかあ……」


 不思議そうに眺めるお母さんに、ペン太がぎこちない動きで体を半分ほど折って、頭を下げた。体ごと前のめりになりそうだ。


 どうしてそんなに緊張してるの?


 ユイは訝しく思って、ペン太のバッジを確認する。リュックを背負ったままで折り紙をしていたペン太の胸元の肩紐には、きちんと銀色のバッジがあった。

 図書室の時のように外れていることはなさそうだ。

 ユイは内心で、ほっとため息をついた。体の緊張が一気にゆるんだ。

 顔に出ていたのだろう。お母さんがユイの変化に気づく。


「ユイのクラスメイト?」


 そんなはずないでしょ。ヴァンって名前の同級生がいると思う?

 ユイはありえない質問に眉を寄せたが、お母さんは何をかんちがいしたのか、口元を意味深に曲げて笑う。


「違うんだ」

「違うって、えっと……隣のクラスの友達」

「へえー」


 お母さんの探るような視線に、ユイは背筋を震わせる。とても嫌な予感がした。


「男の子と二人で折り紙なんてするんだ」

「えっ?」


 ユイはぽかんと口を開けた。お母さんの視線が、床に広げられた初心者用と上級者用の折り紙の本を通り、ペン太の折ったツルに向いた。


「ごめんね、じゃましちゃって。お母さん、お菓子でも持ってくるわ。気づかなくてごめんなさい」


 ぱちんと両手を鳴らしたお母さんが、質の違う笑みを口元に浮かべている。

 髪を揺らし、くるりと背を向け「ユイもそんな歳かあ」とうれしそうにつぶやいた。


「そんなんじゃない!」


 ユイは反射的に声をあげた。何をかんちがいしたのか理解した。

 ペン太の姿は、見た人が思い描く理想の人間に見えると聞いた。ユイの友達で、ヴァンという名前の――男の子。最悪だ。

 ユイはすがるように片手を伸ばした。

 お母さんが、聞こえないふりをして、そそくさと階段を下りる。ユイが床を踏み鳴らし、素早く追う。部屋の外に出た時には、お母さんの姿は階段の下の方だ。


「お母さんっ、ほんとに違うんだって! ああっ、もう! すぐそういう話に、つなげたがるんだから」


 ユイは泣きそうな声で叫んだ。


「ユイ? どうした?」

「どうもこうもないよ。お母さん、絶対かんちがいしてるし。思い込んだら人の話聞かないんだもん」


 ユイは重いため息をついた。

 ペン太がぺたぺたと扉に近づいて、階段の下をのぞきこむ。


「なにをかんちがいしてるんだい?」

「それ本気で言ってる?」

「本気? 何が?」


 ペン太の黒い瞳が、これ以上ないほどに真ん丸になった。


「……なんでもない。もうほっとくしかないし」


 首をかしげるペン太に、ユイはお手上げとばかりに肩を落とした。

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