第3話 強引なタイプなんだ

「ペンギンさん……だよね?」


 ユイはとっさに半笑いの顔で言った。

 ペンギンに話しかけるなんてどうかしていると心のどこかで思ったものの、これは夢だと言い聞かせた。

 二つの真ん丸の黒い瞳が、ゆっくりと細められた。

 にぎったスタンプをいそいそとリュックに片づけると、再び背負おうとしているのか、肩ひもに板のような手を通した。


「かわいっ」

 ユイは初めて見えたリュックの柄に、思わず声をもらした。

 背中に当たる面には、アニメにでも出てきそうなペンギンのイラストがプリントされていた。


「ねえ、ペンギンさんだよね?」


 本物に似たペンギンの姿と、かわいいイラストのギャップで緊張がほぐれたユイは、ここぞとばかりに身を乗り出した。

 しかし、ペンギンはくるりと背を向けて、関わらずに逃げようとする。


「待って! お話しできるんだよね!? ――あっ」


 ユイが手を伸ばした先で、ペンギンが盛大に前のめりに転んだ。

 口を絞り忘れたリュックからいくつかの物が転がり出し、ワックスがかけられて光る床で四方にばらけた。軽そうな笛らしきものが一番遠くに飛んだ。


「やっちゃったよ」


 苦し気に言ったペンギンはのろのろと立ち上がり、ユイにあきらめたような顔を向けた。


 ***


「はい、これで全部かな」

「ありがとう、お嬢さん」


 ペンギンはユイから受け取った色々な道具を受け取ると、乱暴にリュックに押し込んだ。


「信じられないことばっかりだけど、聞いてもいい? あっ、私はユイっていうの」


 ユイはウキウキした顔で言った。


「ああ、何でも答えるよ。見られちゃったからにはしかたない」

「じゃあ……まずは、ペンギンさんなのはまちがいない?」


 ペンギンはほとんどない肩をすくめて「クァァ」と少し不気味な声をあげて笑った。


「もちろん、見てのとおりペンギンさ。ただ、普通のペンギンじゃない。ぼくは、図書ペンギン司書見習いの、ペン=ヴァンジェーロ。こっちではペン太で名乗っているから、そう呼んで」

「図書ペンギン?」


 首をかしげたユイの前で、ペン太が白い胸をぐっとはった。


「そうさ。図書界を渡り歩く図書ペンギン司書を目指しているんだ。夢までもう一歩でね。ラシンバンが示したから今日はここに来たんだ」

「へえ……」


 まったく意味がわからないユイは適当に相づちをうちながら、自慢げなペン太をじっと見つめる。

 どうやらしゃべるペンギンであることは間違いないらしい。

 フリッパーと呼ばれる平たい手を、何をかんちがいしているのか、「そんなに驚くなよ」と体の横で振りつつ照れている。

「至上最年少の司書になるって言われてるんだぜ」とさらに話が続きそうだったので、ユイはすかさず口をはさんだ。


「でも、見習いさんなんだよね?」


 ペン太がぴたりと動きを止めた。

 黄色いくちばしが、しょんぼりと下に向いた。そして、その後ゆっくりと持ち上がった顔はなにやらあわてている。


「ま、まあ、今は見習いなんだけど……あっ、もしかして見習いの図書ペンギンだからって、疑ってる?」


 ユイは、目を細めたペン太にぶんぶんと首を横にふった。

 とんでもない誤解だ。よく知らないペンギンの何を疑えというのだ。


「ちがう、ちがう! ただ言ってることがよくわかんなくって。図書ペンギンとか、図書界……だっけ? なんていうか、全然知らない言葉だし。ペンなんとかって名前もすごいし、びっくりしただけ」


「なるほど! ユイは図書界を知らないのか! まあ、知らなくて当然だな」


 いきなり呼び捨てなんだ、と心の中であきれたユイだったが、目の前のペンギンはまったく気づかずに「そうか、だからか」と納得している様子だ。

 浮かれすぎて面倒なペンギンに声かけちゃったかな、と少し後悔した時だ。

 ペン太が「よし」と平たい手を合わせた。乾いた音が鳴った。


「それなら図書界をぼくが案内してあげるよ。たまになら司書協会も見逃してくれるだろ。説明するより早いし、初めてのユイはきっと驚くと思うよ。荷物を拾ってもらったお礼もしたいし」

「えっ?」


 ユイは面食らった。

 得体の知れない世界に、謎のペンギンが道案内をしようというのだ。変な場所に連れていかれるのは困る。

 図書室の時計にちらりと目を向ければ、もう五時になろうとする時間帯だ。今日は塾はないが、どこかにのんびり遊びに行く時間はない。


「いやあ、お供がいるのは久しぶりだなあ」


 ペン太はのんきにそんなことを言いながら、ぺたぺたと足音をさせて、一冊の古びた本を抜き出して机に広げた。

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